想定読者

  • 新しい提案や改革が、常に会議で反対されてしまう経営者
  • 部門間の調整に苦労し、プロジェクトが円滑に進まないリーダー
  • 自らの企画や提案を、スムーズに承認させたいビジネスパーソン

結論:根回しとは、公式な意思決定を円滑に進めるための、事前の合意形成プロセスである

根回しは、不透明な裏工作や派閥形成といったネガティブな行為ではありません。それは、公式な意思決定の場における心理的な抵抗を事前に取り除き、関係者全員が納得感を持って結論に至るための、極めて合理的で洗練されたコミュニケーション戦略です。このプロセスを省略することは、回避可能な衝突と時間の浪費を自ら選択していることに他なりません。

なぜ「根回し」はネガティブな印象を持たれるのか?

会議を「戦場」と勘違いする人々

多くのビジネスパーソン、特に欧米のビジネス文化の影響を強く受けた人々は、会議とは、異なる意見をぶつけ合い、議論を通じて最適な結論を導き出す場であると考えています。この考え方自体は、決して間違いではありません。しかし、この理想論を鵜呑みにし、何の準備もなしに重要な提案を会議の場で初めて開示することは、極めて非効率で、成功確率の低い戦略です。

何の事前情報もないまま、いきなり新しい提案を突きつけられた参加者は、どう反応するでしょうか。多くの場合、まずその提案の欠点リスク、そして自分の領域が脅かされる可能性に意識が向きます。これは、人間の脳が、現状を維持し、未知の変化を脅威として認識する本能的な性質を持っているためです。その結果、会議の場は、建設的な議論の場ではなく、提案を守る側と、それを攻撃する側との間の、不毛な論戦の場、すなわち戦場と化してしまいます。根回しを軽視するとは、この避けられたはずの戦いに、毎回真正面から挑むという、無謀な行為なのです。

「根回し」と「裏工作」の決定的な違い

根回しという言葉が持つネガティブなイメージは、その多くが裏工作派閥形成といった、不誠実な政治的行為と混同されていることに起因します。特定の人物を排除したり、密室で不透明な取引を行ったりすることは、確かに健全な組織運営を阻害する有害な行為です。

しかし、本来の根回しは、その目的も手段も全く異なります。真の根回しの目的は、特定の個人の利益ではなく、組織全体の目的達成のために、意思決定のプロセスを円滑にすることです。その手段は、密室での取引ではなく、関係者一人ひとりとの透明性の高い対話です。この本質的な違いを理解することが、根回しを戦略的なビジネススキルとして活用するための第一歩となります。

なぜ根回しは、科学的に見て極めて有効なのか?

根回しが物事をスムーズに進める上で有効である理由は、精神論ではなく、人間の普遍的な心理的メカニズムに基づいています。

1. 認知的不協和の解消:人は自分の言動を一貫させたい

心理学には、認知的不協和という理論があります。これは、人が自分の中に矛盾する二つの認知(考えや信念)を抱えた場合、その不快な状態を解消するために、自らの態度や行動を変更しようとする傾向のことです。

根回しは、この心理を巧みに利用します。公式な会議の前に、キーパーソンと1対1で会い、提案の概要を説明し、この方向性で進めたいと考えているのですが、いかがでしょうかと、非公式な内諾や賛意を得ておきます。すると、そのキーパーソンは、公式な会議の場で、その内諾を覆して反対意見を述べることが、心理的に極めて困難になります。なぜなら、事前の自分の態度と、会議での態度が矛盾し、認知的不協和という不快な状態に陥るからです。この不快感を避けるため、人は無意識のうちに、自らの言動に一貫性を持たせようとするのです。

2. 損失回避性の緩和:変化への抵抗を和らげる

人間の脳は、利益を得る喜びよりも、損失を被る苦痛をより強く感じる損失回避性という性質を持っています。新しい提案や改革は、常に現状の変化を意味し、関係者にとっては、自らの権限、予算、あるいは慣れ親しんだ業務プロセスを失うかもしれないという潜在的な損失として認識されます。

大勢の人がいる公式な会議の場で、この潜在的な損失への懸念を表明することは、抵抗勢力と見なされるリスクがあり、心理的なハードルが高いものです。根回しという1対1の対話の場は、この懸念を、安全な環境で表明する機会を提供します。あなたは、相手の懸念に真摯に耳を傾け、その損失が決して大きくないこと、あるいはそれ以上の利益があることを丁寧に説明することで、変化に対する心理的な抵抗を事前に和らげることができるのです。

3. 心理的安全性の確保:本音を引き出す場作り

公式な会議の場では、役職や人間関係、あるいは同調圧力といった要因が働き、参加者は必ずしも本音で発言できるとは限りません。こんな初歩的な質問をしたら、無能だと思われないかこの場で反対意見を述べたら、後で面倒なことになるのではないかといった懸念が、建設的な議論を妨げます。

根回しは、この問題を解決します。非公式で、1対1という心理的安全性の高い場においては、人はよりリラックスし、本音の疑問や懸念、そして建設的な改善案を口にしやすくなります。このプロセスを通じて、あなたは提案の弱点を事前に把握し、修正することができるだけでなく、相手を単なる説得の対象から、提案を共に作り上げる協力者へと変えることができるのです。

事をスムーズに進める「根回し」の具体的技術

効果的な根回しは、単なる事前の挨拶回りではありません。それは、明確な目的と手順を持った、戦略的なプロセスです。

ステップ1:ステークホルダーの特定と分析

まず、その意思決定に関わるすべてのステークホルダー(利害関係者)を洗い出します。その上で、彼らを以下の3つのタイプに分類します。

  • 意思決定者: 最終的な承認権限を持つ人物。
  • 影響者(インフルエンサー): 直接的な決定権はないが、意思決定者の判断に強い影響力を持つ人物(専門家、ベテラン社員など)。
  • 抵抗者(ブロッカー): その提案によって不利益を被る可能性があり、反対することが予想される人物。

ステップ2:個別対話による事前調整

次に、特定したステークホルダーと、個別に対話の場を設けます。集団で説明するのではなく、1対1を基本とするのが鉄則です。対話の順番は、一般的に、まず賛成してくれそうな影響者から始め、徐々に外堀を埋めていき、最後に意思決定者と抵抗者にアプローチするのが定石です。

ステップ3:目的(Why)から伝え、意見を求める

対話の場では、いきなり提案の詳細(What)や手段(How)から話してはいけません。まず、なぜ、この提案が必要なのかという目的(Why)や、それによって実現したいビジョンを共有し、共感を得ることから始めます。その上で、この目的を達成するために、このような案を考えているのですが、〇〇さんの専門的な視点から、ご意見をいただけますでしょうかというように、一方的な説明ではなく、相談意見聴取という形で対話を進めます。

ステップ4:フィードバックの反映と協力体制の構築

対話の中で得られた懸念や改善案は、真摯に受け止め、可能な限り提案内容に反映させます。先日いただいたご意見を反映し、この部分をこのように修正させていただきましたと報告することで、相手は自分が尊重されていると感じ、その提案を自分も関わったものとして、当事者意識を持つようになります。このプロセスを通じて、単なる賛成者ではなく、共にプロジェクトを推進する強力な協力者を得ることができるのです。

根回しを成功させるための注意点

根回しは強力なツールですが、その使い方を誤ると、不信感を生む原因にもなりかねません。

隠蔽と排除は絶対に行わない

根回しのプロセスは、常にオープンで、透明性が保たれていなければなりません。特定の人物に意図的に情報を与えず、議論の輪から排除するような行為は、健全な根回しではなく、不誠実な裏工作です。たとえ反対が予想される人物であっても、敬意をもって事前に説明し、意見を聞く姿勢が不可欠です。

目的は「合意形成」であり、「完全同意」ではない

すべての関係者から100%の賛同を得ることは、現実的ではないかもしれません。根回しの目的は、反対意見をゼロにすることではなく、意思決定が組織全体にとって前向きなものであるという、大局的な合意形成をすることです。反対意見を持つ人に対しても、その意見を無視するのではなく、議論のプロセスで十分に検討されたという事実を共有し、納得感を得てもらうことが重要です.

よくある質問

Q: 忙しくて、根回しをする時間がありません。

A: 根回しは、時間を浪費する行為ではなく、将来発生するであろう、会議での不毛な対立や、決定後の手戻りといった、より大きな時間の浪費を防ぐための投資です。初期段階でのコミュニケーションコストをかけることで、プロジェクト全体としての総所要時間を短縮することができます。

Q: 根回しは、フラットな組織や外資系企業でも有効ですか?

A: はい、有効です。ただし、その形式は変わるかもしれません。日本の伝統的な大企業のような形式張ったものではなく、チャットツールでの事前の意見交換や、コーヒーブレイクでの気軽な相談といった、よりインフォーマルな形になるでしょう。しかし、重要な意思決定の前に、キーパーソンと事前に関係者の認識を合わせておくという本質的なプロセスは、どのような組織においても有効です。

Q: 根回しの過程で、反対意見が出たらどうすれば良いですか?

A: それこそが、根回しの最大の価値です。公式な場で反対されて議論が紛糾する前に、その懸念を事前に知ることができたのです。まずは相手の意見を傾聴し、その懸念の背景にあるものを理解します。そして、その懸念を解消できるような形で提案を修正するか、あるいはそれができない場合は、なぜそのリスクを取ってでも提案を進める必要があるのかを、論理的に説明します。

Q: どの範囲の人まで根回しをすれば良いか分かりません。

A: まずは、この記事で紹介した「意思決定者」「影響者」「抵抗者」を特定することが基本です。すべての関係者に根回しをする必要はありません。その意思決定に、直接的、あるいは間接的に強い影響力を持つキーパーソンに絞って行うのが効率的です。

Q: 根回しと、単なる「お伺いを立てる」ことの違いは何ですか?

A: お伺いを立てる、という行為は、判断を他者に委ねる、やや受け身なニュアンスを含みます。一方、戦略的な根回しは、自分自身の明確な提案と論理を持った上で、それを実現するために、主体的に関係者との合意を形成しにいく、極めて能動的な活動です。

Q: オンラインでの根回しのコツはありますか?

A: テキストベースのコミュニケーションでは、ニュアンスが伝わりにくいため、できるだけ1対1のビデオ会議を設定するのが理想です。それが難しい場合でも、長文の資料をいきなり送りつけるのではなく、「〇〇の件で、少しご相談したいのですが」と、まずは相手の都合を確認し、対話のきっかけを作ることが重要です。

筆者について

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