想定読者

  • 従業員のセクショナリズムや責任回避に悩む経営者
  • チームメンバーの当事者意識を高めたいリーダー
  • 自らの責任範囲をどう捉えるべきか悩んでいるビジネスパーソン

結論:責任感とは担当業務の遂行ではなく、組織目的の達成に対する当事者意識である

責任感の有無を決定づけるのは、自分の役割を、割り当てられた作業の遂行と捉えるか、組織全体の目的達成への貢献と捉えるかという認識の違いです。この違いは個人の資質に依存するものではなく、役割の明確化、情報の透明性、そして心理的安全性という組織環境によって育まれます。

「それは私の仕事ではありません」という言葉が組織を破壊する

この一言が示す、深刻な組織の病巣

それは私の仕事ではありません。この言葉が職場で発せられた時、それは単なる一人の従業員の個人的な発言として片付けてはならない、極めて深刻な問題の兆候です。この言葉は、組織内に責任の空白地帯が存在し、従業員が自らの役割を極端に限定的に捉えている状態、すなわちサイロ化が進行していることを示しています。

従業員一人ひとりが、定められた職務記述書の範囲内だけで思考し、その外側で起きている問題に対しては無関心になる。この状態は、組織全体の柔軟性と問題解決能力を著しく低下させます。この言葉が頻繁に聞かれる組織は、各部門が連携せずに個別の最適化を追求するだけで、全体としてのパフォーマンスを発揮できない、機能不全の状態に陥っている可能性が非常に高いのです。

責任の空白地帯で発生する機会損失とリスク増大

従業員が自らの責任範囲を厳格に線引きすると、その境界線上には必ず誰の責任でもない、グレーゾーンの業務が発生します。そして、この責任の空白地帯こそが、組織にとって最も危険な場所となります。

例えば、顧客からの問い合わせに対して、営業部門は技術的な問題だと言い、技術部門は営業マターだと言って、誰も対応しない。その結果、顧客は不満を抱えて離れていきます。これは明確な機会損失です。また、新しい法規制への対応について、法務部と事業部が互いに相手の仕事だと認識していた結果、対応が遅れ、行政指導を受ける。これは深刻な経営リスクです。

このように、誰も拾わないボールが組織内に放置されることで、本来であれば得られたはずの利益が失われ、回避できたはずのリスクが顕在化します。そして、この問題の根源は、特定の従業員の怠慢ではなく、責任の境界線を引くことしか考えない組織文化そのものにあるのです。

なぜこの言葉は生まれるのか? 個人の問題ではない構造的な欠陥

それは私の仕事ではありませんという言葉を聞いた時、リーダーはついその発言者を責任感がないやる気がないと、個人の資質の問題として非難しがちです。しかし、それは問題の本質を見誤っています。多くの場合、従業員がそのように発言せざるを得ない背景には、組織の構造的な欠陥が存在します。

  • 役割と責任が不明確: そもそも誰がその業務を担当するのかが明確に定義されていなければ、従業員が自分の仕事ではないと判断するのは当然です。
  • 評価制度の問題: 職務記述書の範囲外の業務に手を出しても全く評価されず、むしろ失敗した時のリスクだけを負わされるのであれば、誰も余計な仕事は引き受けなくなります。
  • 心理的安全性の欠如: 善意で他部署の仕事を手伝った結果、失敗を厳しく追及されたり、感謝されなかったりした経験があれば、従業員は自己防衛のために自分の殻に閉じこもります。

つまり、この言葉は従業員個人の問題ではなく、組織のマネジメントが機能していないという経営者への危険信号なのです。

責任感の正体:心理学が解き明かす「当事者意識」のメカニズム

責任感は精神論ではない

責任感を持て、と精神論で部下を鼓舞しても、行動が変わることはありません。責任感とは、生まれつきの性格や意志の強さで決まるものではなく、特定の条件下で生まれる心理状態です。その本質は、当事者意識、すなわち、ある課題や目標を他人事ではなく、自分自身の問題として捉える感覚にあります。

この当事者意識の鍵となるのが、心理学でいう心理的オーナーシップです。これは、法的な所有権とは無関係に、ある対象に対してこれは自分のものだと感じる主観的な感覚を指します。従業員が、自分の担当業務だけでなく、チームや組織全体の目標に対してこの心理的オーナーシップを感じた時、本当の意味での責任感が生まれるのです。

役割定義と心理的オーナーシップ

心理的オーナーシップが生まれるためには、自分がその対象に対して影響を与えることができるコントロールできるという感覚が不可欠です。つまり、従業員が自分の行動によって、組織全体の成果に貢献できるという実感を持てるかどうかが重要になります。

ここで問題となるのが、硬直的な役割定義です。職務記述書などで従業員の役割をあまりにも狭く、限定的に定義してしまうと、従業員は自分の責任範囲はここまでと認識し、その範囲外のことに対しては影響力を行使しようとしなくなります。結果として、組織目標に対する心理的オーナーシップは生まれず、当事者意識も育ちません。責任感を育むためには、個々の役割を定義しつつも、組織全体の目標達成に貢献するための越境的な行動を奨励するような、柔軟な役割認識を促す必要があります。

傍観者効果と責任の拡散

責任感の欠如を説明するもう一つの重要な心理学的概念が、傍観者効果です。これは、緊急事態が発生した際に、周囲に多くの人がいるほど、一人ひとりが率先して行動を起こさなくなる現象を指します。自分がやらなくても、誰か他の人がやるだろうという心理が働き、責任が拡散してしまうためです。

ビジネスの現場でも、責任の所在が曖昧なグレーゾーンの業務に対して、この傍観者効果が頻繁に発生します。誰もが問題の存在に気づいていながら、誰も率先して手を挙げない。これは、個々の従業員に責任感がないのではなく、自分がその問題の唯一の担当者であるという認識を持てない、集団心理の罠なのです。この罠を回避するためには、問題が発生した際に、誰がそのボールを拾うべきかを明確にする仕組みか、あるいは誰もが率先してボールを拾うことを奨励する文化が必要となります。

責任範囲を「点」から「円」へ広げる思考法

ジョブディスクリプション(職務記述書)の限界

明確な役割分担は、業務の効率化に不可欠です。そのために多くの企業でジョブディスクリプションが用いられます。しかし、その運用を誤ると、従業員の思考を、つまり記述書に書かれたタスクリストの中に閉じ込めてしまうリスクがあります。

ビジネス環境が複雑化し、変化のスピードが速まる現代において、すべての業務を事前に記述書に網羅することは不可能です。予期せぬ問題や、部門間にまたがる新しい課題は常に発生します。このような状況で、従業員が自分の責任範囲を点としてしか捉えられない組織は、環境変化に対応することができません。

自分の仕事を「目的」で再定義する

責任範囲の捉え方を、点から、つまりより広い領域へと拡張するためには、自分の仕事をタスク(What)ではなく目的(Why)で再定義する思考法が必要です。

例えば、経理担当者の仕事を請求書を発行し、入金を確認するというタスクで定義した場合、その責任範囲は非常に限定的になります。しかし、その仕事を会社のキャッシュフローを健全に保ち、事業の継続性を支えるという目的で再定義すればどうでしょうか。この目的を達成するためには、未回収金があれば営業担当者に働きかける、経費削減の提案を行う、といった、請求書発行というタスクを超えた行動が必要になることに気づきます。

このように、自分の仕事が組織全体の目的の中でどのような役割を果たしているのかを理解することで、従業員は自らの責任範囲をより広く、主体的に捉えることができるようになるのです。

貢献領域という考え方:自分の仕事が他者に与える影響

責任範囲を円で捉えるもう一つの方法は、自分の仕事が他者や他部署に与える影響、すなわち貢献領域を意識することです。自分のアウトプットは、必ず誰かのインプットになっています。

例えば、開発部門の担当者が作成する設計図は、製造部門のインプットです。もし設計図に不備があれば、製造部門の業務に多大な手戻りを発生させます。自分の責任は設計図を完成させることまで、と考えるのではなく、自分の設計図が製造部門の生産性を最大化するために、自分には何ができるか、と考える。この視点を持つことで、部門間の連携が生まれ、組織全体の効率が向上します。自分の仕事の終わりは、他者の仕事の始まりである。この認識が、サイロ化を防ぎ、責任感の範囲を広げるのです。

「自分の仕事」と線引きしない組織文化を構築する方法

従業員一人ひとりが責任範囲を広く捉え、主体的に行動する組織文化は、経営者が意図的に設計することで構築できます。

1. 組織全体の目標と情報の徹底的な共有

従業員が自分の仕事を目的で再定義するためには、その前提として、組織全体の目標やビジョン、そして現在の経営状況を深く理解している必要があります。経営者は、会社の目標、各部門の役割、そして現在の課題といった情報を、可能な限り透明性高く従業員に共有すべきです。情報がなければ、従業員は自分の担当業務という狭い視野でしか物事を判断できません。全体像を共有することこそが、当事者意識を育む第一歩です。

2. 越境行動を評価する仕組み

従業員が自分の担当業務の範囲を超えて、組織全体のために貢献する行動を、経営学では組織市民行動(Organizational Citizenship Behavior)と呼びます。この組織市民行動を奨励し、評価する仕組みを導入することが極めて重要です。例えば、他部署の業務改善に貢献した従業員、責任の所在が不明確な問題に率先して取り組んだ従業員を、人事評価や表彰制度を通じて公式に称賛するのです。何が評価されるかが、従業員の行動基準を決定づけます。

3. リーダー自身が「ボールを拾う」姿勢を見せる

最終的に、組織の文化はリーダーの行動によって形成されます。経営者や管理職が、自らの専門外の問題や、部門間の面倒な調整業務から逃げるような姿勢を見せていては、部下が率先して行動するはずがありません。リーダー自らが、部署や役職に関係なく、組織全体にとって重要だと判断した課題、すなわち落ちているボールを率先して拾う姿勢を示す。この行動こそが、それは私の仕事ではありませんという言葉を組織から一掃するための、最も強力なメッセージとなります。

よくある質問

Q: 自分の仕事で手一杯なのに、他人の仕事まで手伝う余裕はありません。

A: 重要なのは、すべての業務を手伝うことではなく、自分の仕事と密接に関連し、組織全体のボトルネックになっている部分を支援するという視点です。また、他者への貢献が評価される文化が醸成されれば、今度は自分が困った時に、他者からの支援を得やすくなるという互恵的な関係が生まれます。

Q: 善意で手伝ったのに、失敗したら責任を取らされるのが怖いです。

A: これこそ、心理的安全性の欠如が引き起こす典型的な問題です。経営者は、挑戦的な行動や越境的な行動から生じた失敗を、個人に帰責するのではなく、組織の学習機会として捉える文化を構築する責任があります。失敗を許容する環境がなければ、誰も責任範囲を超えた行動は取れません。

Q: 明確な役割分担をしないと、かえって非効率になるのではないでしょうか?

A: 明確な役割分担は必要です。しかし、それは責任の境界線を引くためではなく、各人が専門性を発揮するための基盤として機能すべきです。中心的な役割は明確にしつつ、その周辺領域については、協力して対応するという柔軟な運用が求められます。

Q: 責任感のない部下にはどう接すれば良いですか?

A: まず、その部下がなぜ責任感を発揮できないのか、その背景にある組織的な要因を分析します。情報不足、評価への不満、過去の失敗体験など、原因は様々です。その上で、その部下の仕事の目的を一緒に再定義し、小さな成功体験を通じて心理的オーナーシップを育むような関わり方が有効です。

Q: 責任感が強すぎて、何でも抱え込んでしまう従業員への対策は?

A: 過剰な責任感は、バーンアウトや業務の属人化に繋がるリスクがあります。その従業員に対しては、一人で抱え込まず、他者に助けを求めること、適切に権限を委譲することも、組織に対する重要な責任の一つであることを伝える必要があります。チームで成果を出すことの重要性を教えるのです。

Q: 「それは私の仕事ではありません」と明確に言うべき場面はありますか?

A: はい、あります。それは、自分の専門性や能力を明らかに超えており、安易に引き受けることがかえって組織に大きなリスクをもたらす場合や、明らかに個人のキャパシティを超えた業務量を押し付けられ、本来のコア業務に支障が出る場合です。ただし、その場合でも、単に拒否するだけでなく、代替案や適切な担当者を提案するといった建設的な姿勢が求められます。

筆者について

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