想定読者
- 有能だった部下が昇進後にパフォーマンスを発揮できず、頭を悩ませている経営者
- 組織の成長が停滞し、その原因が管理職の能力不足にあると感じているリーダー
- 自分自身が昇進の壁にぶつかり、現在の役割に息苦しさを感じているビジネスパーソン
結論:人は、自らの「無能」が露呈するポジションまで、昇進し続けてしまう
もしあなたの会社に、「プレイヤーとしては超一流だったのに、マネージャーになった途端、全く機能しなくなった」人物がいるとしたら、それは決して例外的な出来事ではありません。むしろ、それはあなたの会社の昇進システムが、正常に機能した結果なのです。
経営学者ローレンス・J・ピーターが提唱したピーターの法則は、この残酷な真実を、極めてシンプルな一文で喝破しました。
階層社会では、全ての人は自らの能力の限界、すなわち「無能レベル」に達するまで昇進し続ける。
つまり、組織は、社員が無能になるポジションを見つけるまで、親切にも昇進という階段を上らせ続ける、という皮肉な構造を持っているのです。そして、一度その「無能」なポジションに到達してしまった人材は、もはやそれ以上昇進できないため、その地位に永遠に留まり続けることになります。その結果、組織の階層は、時間を経るごとに無能な人々によって埋め尽くされていくのです。
これは、個人の怠慢や能力不足を責める話では全くありません。問題の核心は、現在の役職で有能であることと、次の役職で有能であることの間に、何の関係もないという事実を、私たちの昇進システムが完全に無視している点にあります。
この記事では、この法則がなぜあらゆる組織で必然的に発生してしまうのか、その構造的な欠陥を解き明かします。そして、この静かなる病からあなたの会社を守り、社員一人ひとりの才能を真に活かすための、具体的な処方箋を提示します。
第1章:エースからお荷物へ - ピーターの法則が発動する瞬間
ピーターの法則は、机上の空論ではありません。私たちの身の回りの、あらゆる組織で日々繰り広げられている現実です。
優秀な営業マンが、なぜダメな管理職になるのか
この法則を説明するためによく用いられる、典型的な事例があります。
ある会社に、圧倒的な成果を上げ続ける、スター営業マンがいたとします。彼は個人のスキル、交渉力、顧客との関係構築能力に長けており、誰もが認めるエースです。会社は彼の功績に報いるため、彼を営業課長に昇進させます。
しかし、その瞬間から、彼の輝きは失われ始めます。営業課長に求められる能力は、個人の営業スキルではありません。部下の育成、チーム目標の設定、予算管理、他部署との調整といった、全く異なるマネジメントスキルです。
彼は、自分がプレイヤーとして成功したやり方を部下に押し付け、マイクロマネジメントに陥ります。部下の育成よりも、自分がしゃしゃり出て契約を取ってくる方が早いと感じてしまいます。結果として、チームの士気は下がり、全体の業績は低迷。かつてのエースは、今や組織の成長を妨げる「無能な管理職」として、その地位に居座り続けることになるのです。
無能レベルに達した人々の「その後」
ピーターの法則によれば、無能レベルに達した人は、もはやそれ以上は昇進しません。かといって、重大なミスを犯さない限り、降格されることも稀です。
その結果、彼らは本来の業務で成果を出す代わりに、別の行動で自らの存在価値を示そうとします。これが創造的無能と呼ばれる状態です。例えば、会議の進め方や書類のフォーマットといった、本質的ではない手続きに異常にこだわったり、部下の行動を過剰に管理したりすることで、仕事をしているように見せかけるのです。
第22章:これは事故ではない、必然である - 法則が生まれる構造的欠陥
ピーターの法則は、個人の資質の問題ではなく、組織のシステム、特に昇進のメカニズムそのものに組み込まれた、構造的なバグです。
欠陥1:過去の実績だけで未来を判断する
ほとんどの組織は、社員を昇進させる際、現在の役職におけるパフォーマンスを唯一の判断基準にしています。優秀なプログラマーは、チームリーダーに。腕の良い職人は、工場長に。これは一見、合理的で公平な評価に見えます。
しかし、これは「足が速いからという理由で、マラソン選手に砲丸投げをさせる」のと同じくらい、論理が飛躍しています。現在の役職で求められるスキルと、次の役職で求められるスキルは、全くの別物です。過去の実績は、未来の成功を何ら保証しません。
欠陥2:「プレイヤー」と「マネージャー」のスキルの断絶
特に、プレイヤーからマネージャーへの昇進は、キャリアにおける最大の断絶点です。
- プレイヤーのスキル: 専門知識、実行力、自己管理能力
- マネージャーのスキル: コーチング、権限移譲、戦略的思考、コミュニケーション能力
これらのスキルセットは、ほとんど重なりません。組織は、プレイヤーとしてのスキルを極めた人物から、その最大の武器である専門性を奪い取り、全く訓練を受けていない未知の領域(マネジメント)に放り込むという、極めて非合理的なことを行っているのです。
欠陥3:降格なき「一方通行」のキャリアパス
伝統的な組織では、昇進は不可逆的なものと見なされています。「一度上げた人間を下げることはできない」という硬直した文化が、ピーターの法則をさらに深刻なものにしています。
マネージャーとして適性がなかった場合でも、その人物を元のプレイヤーのポジションに戻すという選択肢がないため、組織は無能な管理職を抱え込み続けるしかありません。これが、組織の新陳代謝を妨げ、全体のパフォーマンスを低下させる大きな原因となります。
第3章:ピーターの法則の罠から組織を救う3つの処方箋
この法則は避けられない宿命ではありません。組織のシステムを意識的に設計し直すことで、その罠から逃れることは可能です。
処方箋1:「デュアルキャリアパス」を導入し、昇進の定義を変える
まず、「昇進=管理職になること」という一本道のキャリアパスを破壊する必要があります。そのための最も強力な解決策が、デュアルキャリアパスの導入です。
これは、キャリアの道をマネジメントコースと専門職コース(エキスパートコース)の2つに分け、それぞれに独立した評価と報酬体系を用意する制度です。
- マネジメントコース: 部下を育成し、組織を率いることで貢献する道。
- 専門職コース: 高度な専門性を発揮し、プレイヤーとして現場で最高のパフォーマンスを出すことで貢献する道。
この制度により、優秀なプレイヤーは、不得意なマネジメント職に就くことなく、専門家としてキャリアアップし、管理職と同等かそれ以上の報酬と尊敬を得ることが可能になります。これは、社員に「自分の得意な場所で輝き続けて良い」という、極めて重要なメッセージを送ることになるのです。
処方箋2:昇進を「報酬」ではなく「役割変更」と位置づける
昇進を、過去の功績に対する「ご褒美」として与えるのをやめましょう。昇進とは、あくまで未来の貢献を期待した「新しい役割への任命」です。
そのためには、昇進候補者に対して、次の役職で求められるスキル(マネジメント適性など)を、事前に評価するアセスメントが不可欠です。外部の診断ツールを使ったり、模擬的なマネジメント課題を与えたりすることで、候補者のポテンシャルを客観的に見極めます。そして、昇進が決まった後には、新しい役割を全うするための体系的なトレーニングを必ず実施します。
処方箋3:「お試し期間」としての昇進と、「安全な降格」の文化を創る
昇進を、いきなり決定的なものにする必要はありません。例えば、「まずは3ヶ月間、チームリーダー代理として動いてもらう」といった形で、試用期間を設けるのです。この期間を通じて、本人も組織も、その役割への適性を見極めることができます。
そして、もし適性がないと判断された場合に、元のポジションに戻ることが「失敗」や「左遷」ではなく、「最適な再配置」であると誰もが認識できる、心理的安全性の高い文化を醸成することが重要です。これにより、組織は人材配置の柔軟性を手に入れ、個人は過度なプレッシャーなく新しい役割に挑戦できるようになります。
よくある質問
Q: 自分が「無能レベル」に達してしまったと感じたら、どうすれば良いですか?
A: まず、それを個人の能力不足として悲観するのではなく、システムの問題として客観的に捉えることが第一歩です。その上で、現在の役職で求められるスキルを正直にリストアップし、自分に不足しているものを特定し、学習計画を立てましょう。もし、どうしても適性がないと感じるなら、上司に相談し、自分の強みが活かせる専門職への道を探るという、勇気あるキャリアチェンジも視野に入れるべきです。
Q: 優秀なプレイヤーには、管理職になってもらい、プレイングマネージャーとして活躍してほしいのですが。
A: プレイングマネージャーは、特にリソースの限られた中小企業において有効な役割です。しかし、多くの場合、その役割定義は曖昧で、単に「プレイヤーの仕事もマネージャーの仕事も両方やれ」という無理難題になりがちです。重要なのは、本人の適性に応じて、プレイヤー業務とマネジメント業務の比率を柔軟に調整することです。そして、マネジメント業務に対する適切なトレーニングとサポートを怠らないことが不可欠です。
Q: この法則は、現代のフラットな組織でも当てはまりますか?
A: はい、階層の数が少ないフラットな組織や、プロジェクトベースで動く組織では、伝統的なピラミッド型組織よりもピーターの法則の影響は緩和されます。しかし、プロジェクトリーダーやチームリーダーを任命する際には、全く同じ問題が発生します。優秀な実務担当者が、必ずしも優れたリーダーになれるわけではない、という原則は、組織の形態を問わず普遍的です。
Q: 結局のところ、昇進させないのが一番良いということでしょうか?
A: いいえ、そうではありません。問題は昇進そのものではなく、「適性のないポジションへの昇進」です。マネジメントに高い適性を持つ人材を、適切なタイミングで管理職に登用することは、組織の成長に不可欠です。ピーターの法則が教えてくれるのは、昇進という意思決定を、過去の実績だけに頼るのではなく、未来のポテンシャルに基づいて、より慎重に、そして科学的に行うべきだ、ということです。
筆者について
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