想定読者
- 部下の報告が具体的すぎて、全体像が見えない経営者
- 自分の指示が抽象的すぎて、部下に伝わらないリーダー
- 一つの成功事例を、他の事業に応用したいビジネスオーナー
結論:思考の往復運動は、未来を予測し、創造する知的生産技術である
「具体」と「抽象」の往復運動は、単なる思考法ではありません。それは、個別事象から普遍的な法則を抽出し、その法則を新たな個別事象に応用することで、未来を予測し、創造するための、極めて高度な知的生産技術です。
なぜ、あなたの思考は「浅い」のか?
ビジネスの世界では、思考の深さが、成果の質を決定づけます。しかし、多くのビジネスパーソンは、無意識のうちに具体と抽象、どちらか一方の世界に思考が偏ってしまい、物事の本質を捉えきれずにいます。
「具体の世界」に溺れる人々
目の前の顧客からのクレーム対応、山積みの事務作業、日々の細かなトラブルシューティング。これらはすべて具体的な仕事です。この具体の世界に思考が囚われている人は、一つ一つのタスクを処理することには長けているかもしれません。しかし、彼らは常に木を見て森を見ずの状態にあります。
個別具体的な問題解決に終始し、なぜ、この問題は繰り返し発生するのかという、その背後にある抽象的な根本原因にまで思考が及びません。そのため、彼らの経験は、応用が効かない点としてしか蓄積されず、いつまで経っても同じレベルの問題に対処し続けることになります。
「抽象の世界」に漂う人々
一方で、抽象の世界に思考が偏っている人も存在します。彼らは、ビジョンやイノベーション、パーパスといった、耳障りの良い抽象的な言葉を語ることは得意です。しかし、その壮大なビジョンを、明日からの具体的な行動計画に落とし込むことができません。
部下への指示は「よしなにやっておいて」という曖昧な言葉で終わり、現場は何をすべきか分からずに混乱します。彼らの思考は、現実の制約条件から乖離しており、実行不可能な戦略を描いては、現場を疲弊させるのです。
思考の「解像度」が低いという問題
具体と抽象、どちらか一方に偏った思考は、世界の解像度を著しく低下させます。具体の世界しか見えない人は、ピクセル単位でしか物事を捉えられず、画像全体の意味を理解できません。抽象の世界しか見えない人は、ぼやけた画像を見て、それが何であるかを語っているに過ぎません。
優れた意思決定者、すなわちデキる人とは、この二つの世界を自由自在に、そして高速に行き来する能力、すなわち具体と抽象の往復運動を無意識のうちに実践している人間なのです。
「具体と抽象」の往復運動とは何か?その脳科学的メカニズム
この思考の往復運動は、精神論ではなく、人間の脳の働きに基づいた、極めて論理的な知的活動です。
思考の往復運動の定義
具体と抽象の往復運動は、二つの異なる方向性の思考プロセスから成り立っています。
- 抽象化(帰納的思考): 複数の具体的な事象(事例、データ)から、それらに共通するパターンや本質的な構造、法則を見出す思考。
- 具体化(演繹的思考): 抽象的な法則や理念、戦略を、個別の具体的な状況に適用し、具体的な行動や計画に落とし込む思考。
この二つの思考を、意識的に、そして繰り返し行うことが、思考を深めるための鍵となります。
脳はどのように「具体」と「抽象」を処理しているか
脳科学の観点から見ると、この往復運動は、脳の異なる領域を連携させる、高度な知的トレーニングです。具体的な事象や感覚的な情報は、主に後頭葉や側頭葉といった脳の後方部分で処理されます。一方で、抽象的な概念の操作や、未来の計画、論理的な思考といった高次の機能は、脳の司令塔である前頭前野が中心的な役割を担います。
具体と抽象の往復運動とは、脳の後方で処理された具体的な情報を、前頭前野へと送り、そこで抽象的な法則へと変換し、さらにその法則を、未来の行動計画として再び具体的な情報へと変換する、というダイナミックな神経活動のプロセスなのです。このプロセスを繰り返すことは、脳内の神経回路を強化し、思考の柔軟性と速度を高める効果があります。
往復運動がもたらす3つの知的効果
- 効果1:本質の見極め: 雑多な情報の中から、本当に重要な原理原則を見抜く力がつきます。
- 効果2:応用の拡大: 一つの分野で得た教訓を、全く異なる分野の問題解決に応用できるようになります。
- 効果3:未来予測の精度向上: 過去のパターンから未来の動向を予測し、先手を打つ戦略立案が可能になります。
「具体→抽象」の技術。個別事象から法則を見出す
では、具体的にどのようにして、抽象化の能力を鍛えれば良いのでしょうか。
「なぜ?」を5回繰り返す
トヨタ生産方式で知られるなぜなぜ分析は、抽象化の最も基本的なトレーニングです。目の前で起きている具体的な問題(例:機械が停止した)に対して、「なぜ?」という問いを5回繰り返すことで、その背後にある、より抽象的で本質的な原因(例:保守点検の基準が標準化されていないという組織文化の問題)にまで、思考のレイヤーを上げていくことができます。
共通点と相違点を見つける
複数の具体的な成功事例や失敗事例を並べ、それらに共通する要素は何か、あるいは両者を分ける決定的な違いは何かを探します。例えば、複数の成功した営業担当者の行動(具体)を分析し、彼らに共通する顧客の潜在ニーズを引き出す質問パターン(抽象的な法則)を見出す。この思考が、個人の暗黙知を、組織で共有可能な形式知へと変換するのです。
アナロジー(類推)思考
一見すると全く無関係な分野の事例(具体)から、自社の課題解決に応用できるヒント(抽象的なモデル)を見出す思考法です。例えば、「生態系における生物の多様性が、環境変化への耐性を高める」という自然界の法則(具体事例からの抽象化)から、「自社の事業ポートフォリオを多様化させることが、市場変動リスクへの耐性を高める」という経営戦略への応用を考える。このアナロジー思考が、イノベーションの源泉となります。
「抽象→具体」の技術。理念を行動に変える
次に、抽象的な概念を、具体的な行動へと落とし込む具体化の技術です。
理念やビジョンを「行動レベル」に翻訳する
「顧客第一主義」といった抽象的な経営理念は、それだけでは従業員の行動を変えません。リーダーの役割は、この抽象的な理念を、誰が聞いても同じように理解できる、具体的で測定可能な行動へと翻訳することです。
例えば、「顧客第一主義」を、「すべての顧客からの問い合わせに対して、60分以内に一次返信を行う」「顧客からのクレームは、24時間以内に必ず担当役員まで報告する」といった、明確な行動ルールにまで分解する。この具体化のプロセスがあって初めて、理念は組織に血の通った文化として根付くのです。
フェルミ推定:抽象的な問いから具体的な数値を導き出す
「日本全国に電柱は何本あるか?」といった、一見すると見当もつかない抽象的な問いに対して、論理的な仮説を積み重ねて、具体的な概数を導き出す思考訓練がフェルミ推定です。
この思考プロセスは、未知の市場規模を推計したり、新規事業計画の売上目標の妥当性を検証したりする際に、手元にデータがない状態からでも、仮説という名の具体的な数値を立てる能力を鍛えます。
ストーリーテリング:抽象的な価値を、具体的な物語で伝える
企業の理念や、製品が持つ抽象的な価値は、言葉で説明するだけでは、人の心に深くは届きません。人の感情を動かし、記憶に定着させる最も強力な方法が、ストーリーテリングです。
その抽象的な価値を、一人の顧客が製品を使ったことで人生がどう変わったか、という具体的な物語として語る。創業時に、どのような困難を、どのような思いで乗り越えてきたのか、というエピソードとして語る。この具体化の技術が、共感を呼び、強力なブランドを構築するのです。
往復運動を組織文化にするためのリーダーシップ
この高度な思考法は、個人の能力に留まらず、組織全体の文化として定着させることで、その真価を発揮します。
「So What?(だから何?)」と「Why So?(なぜそう言える?)」を問いかける文化
リーダーは、日々のコミュニケーションの中で、この往復運動を促す問いかけを習慣化すべきです。
- 部下からの具体的なデータ報告に対しては「So What?」と問いかけ、そのデータが持つ抽象的な意味合いや、次に取るべき行動への示唆を考えさせる。(具体→抽象)
- 部下の抽象的な意見や提案に対しては「Why So?」と問いかけ、その根拠となる具体的な事実やデータを求めさせる。(抽象→具体)
この二つの問いかけが、組織の思考の解像度を飛躍的に高めます。
職能の異なるメンバーによるチーム編成
現場で具体的な顧客情報や業務データに触れているメンバーと、全社的な視点から戦略や理念といった抽象的な思考を得意とするメンバー。これらの職能の異なる人材を、意図的に一つのチームに混在させることも有効です。営業、開発、マーケティング、経営企画。それぞれの視点から行われる議論は、自然な形で具体と抽象の往復運動を生み出し、一人では到達できない、質の高い結論へとチームを導きます。
リーダー自身の往復運動の実践
最終的に、組織の思考スタイルは、リーダーの思考スタイルを反映します。リーダー自身が、日々の会議や意思決定の場で、具体と抽象を意識的に行き来する姿を見せること。
「この個別のクレーム事案(具体)は、我々の『顧客第一主義』という理念(抽象)が、現場で正しく機能していない証拠ではないか?」
「この新しい中期経営計画(抽象)を、明日からの営業チームの行動計画(具体)に落とし込むと、具体的に何が変わるだろうか?」
このリーダーの思考のデモンストレーションこそが、組織に具体と抽象の往復運動を根付かせる、最も強力な教育となるのです。
よくある質問
Q: 抽象的な話ばかりする上司にどう対応すれば良いですか?
A: 相手を批判するのではなく、具体化を手伝うための質問をします。「そのビジョンを実現するために、私たちが明日から具体的に始められる第一歩は何でしょうか?」と問いかけることで、議論を具体的な行動計画へと引き寄せることができます。
Q: 具体的な作業指示しかできない部下をどう育てれば良いですか?
A: 作業を依頼する際に、必ずその仕事の「目的(Why)」をセットで伝える習慣をつけます。そして、報告を受ける際には、「この作業を通じて、何か気づいたことや、改善できると思ったことはある?」と、抽象的な視点での考察を促す質問を投げかけます。
Q: どちらの思考が得意かは、生まれつき決まっているのでしょうか?
A: 得意不得意の傾向はあるかもしれませんが、どちらも後天的な訓練によって鍛えることが可能なスキルです。重要なのは、自分の思考の癖を自覚し、苦手な方の思考を意識的にトレーニングすることです。
Q: この思考法を鍛えるためにおすすめの習慣はありますか?
A: 日々のニュースに対して、「この記事の要点は何か?(抽象化)」そして「このニュースが、自社のビジネスにどのような具体的な影響を与えるか?(具体化)」と、自問自答する習慣が非常に効果的です。
Q: アイデアが浮かばない時、具体と抽象のどちらから考えるべきですか?
A: 両方のアプローチがあります。具体的な顧客の不満や、現場の課題から発想する「具体→抽象」のアプローチと、社会の大きなトレンドや、自社の理念から発想する「抽象→具体」のアプローチ。行き詰まったら、逆の方向から考えてみるのが有効です。
Q: 会議で議論が発散してまとまりません。
A: それは、議論が抽象的なレベルに留まっているサインです。ファシリテーターは、「では、そのアイデアを具体的に実現するための、最初のステップは何でしょう?」と、議論を具体的な行動計画へと引き戻す質問を投げかける必要があります。
Q: コンサルタントがこの思考法を得意とするのはなぜですか?
A: 彼らの仕事の本質が、クライアントが抱える個別具体的な問題(具体)を分析し、その背後にある経営上の本質的な課題(抽象)を特定し、それを解決するための具体的な実行計画(具体)を提示することだからです。まさに、具体と抽象の往復運動そのものが、彼らの提供価値なのです。
筆者について
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