想定読者

  • 志の高い優秀な社員ほど、なぜか定着しないことに悩む経営者
  • 社内の不公平感やモラルの低下が、組織全体の生産性に悪影響を与えていると感じるリーダー
  • 個人の能力だけでなく、組織文化そのものを改革したいと考えている事業主

結論:あなたの会社で起きている人材流出は、自然現象ではない。それは、避けられない「法則」の発動である

「なぜ、あの優秀だった社員は、会社を辞めてしまったのだろうか…」

もしあなたが、このような言葉にならない嘆きを胸に抱いたことがあるなら、その原因を個人のキャリアプランや待遇の問題だけで片付けてはいけません。それは、あなたの組織全体が、目に見えない力によって静かに蝕まれている、極めて危険なサインだからです。

その力の正体こそ、16世紀の経済学に端を発するグレシャムの法則です。

この法則は、元々「悪貨は良貨を駆逐する」という言葉で知られています。これは、価値の高い金貨(良貨)と、価値の低い銀貨(悪貨)が同じ額面で流通している市場では、人々は価値の高い金貨を手元に貯め込み、価値の低い銀貨ばかりを支払いに使うため、やがて市場からは良貨である金貨が姿を消してしまう、という経済の鉄則です。

そして、この法則は、驚くほど正確に、現代の組織にも当てはまります。

あなたの会社における「良貨」とは、高い基準を持ち、誠実な努力を惜しまない優秀な人材です。一方、「悪貨」とは、低い基準で満足し、責任を回避し、不誠実な態度で仕事をする質の低い人材や行動を指します。

もし、あなたの組織が、「悪貨」的な行動、つまり手を抜いたり、ルールを破ったり、他責にしたりしても、「良貨」である誠実な努力と同じ、あるいはそれ以上の評価を得られてしまう環境だとしたら、何が起こるでしょうか。

答えは明白です。優秀な人材(良貨)は、自らの価値が正当に評価されない市場(あなたの会社)に絶望し、その価値を認めてくれる別の市場を求めて、静かに去っていきます。そして、組織には、現状維持で満足する不誠実な人材(悪貨)だけが残り、淀んだ空気の中でゆっくりと沈んでいくのです。

この記事は、この避けられない法則のメカニズムを解き明かし、あなたの組織が「悪貨」に支配されるのを防ぎ、かけがえのない「良貨」を守り抜くための、経営者としての戦い方を提示します。

第1章:経済学の法則が、なぜあなたの組織を支配するのか?

グレシャムの法則が組織論において強力なメタファーとなるのは、それが人間の合理的な行動に基づいているからです。人は、より少ない労力で、より大きな利益を得ようとします。この原則が、組織の文化を静かに、しかし確実に変質させていくのです。

組織における「良貨」と「悪貨」の正体

まず、言葉を具体的に定義しましょう。これは、社員を二元論で分類する話ではありません。あくまで、組織内で見られる行動の質の話です。

  • 良貨(質の高い行動):
    • 顧客のために、基準以上の品質を追求する。
    • チーム全体の成功のために、率先して困難な仕事を引き受ける。
    • 失敗を認め、そこから学ぼうとする。
    • 長期的な視点で、会社の価値向上に貢献しようとする。
  • 悪貨(質の低い行動):
    • 最低限の基準さえ満たせば良いと考える。
    • 責任の所在が曖昧な仕事は、見て見ぬふりをする。
    • 失敗を隠蔽したり、他人のせいにしたりする。
    • 短期的な自分の利益や評価を最優先する。

なぜ「悪貨」が流通してしまうのか?

問題は、多くの組織が無意識のうちに、「悪貨」の流通を許容、あるいは奨励してしまっていることです。

例えば、結果さえ出せばプロセスは問わないという文化では、顧客を騙すような強引な営業(悪貨)が、地道に信頼関係を築く誠実な営業(良貨)よりも評価されるかもしれません。減点主義の評価制度では、何も挑戦しない社員(悪貨)が、リスクを取って挑戦し失敗した社員(良貨)よりも安全な地位を保てます。

このような環境では、誠実な努力(良貨)を続けることは、極めて「不合理」な選択となります。そして、優秀で合理的な判断ができる人材ほど、この不合理さにいち早く気づき、市場から退出する、つまり会社を辞めるという決断を下すのです。

第2章:あなたの会社に潜む「悪貨」- 優秀な人材が去る5つの危険信号

グレシャムの法則が発動している組織には、いくつかの共通した兆候が見られます。これらは、優秀な人材にとっての「退職勧告」に他なりません。

1. プロセスが軽視され、結果だけが評価される

結果至上主義は、一見すると合理的ですが、行き過ぎると組織を蝕みます。「どうやって」その結果を出したのかを問わない文化は、短期的な成果のために長期的な信頼を損なうような「悪貨」的行動を助長します。誠実なプロセスを重んじる「良貨」は、このような環境では倫理的なジレンマに苦しみ、やがて組織を去ります。

2. 「言った者負け」の空気が蔓延している

会議で建設的な反対意見や、耳の痛い指摘をする。これは組織の成長に不可欠な「良貨」的行動です。しかし、そのような発言をした結果、面倒な仕事を押し付けられたり、「和を乱す」と見なされたりする組織では、誰もリスクを取って発言しなくなります。優秀な人材ほど、この思考停止した空気に耐えられません。

3. 問題が発生すると「犯人探し」が始まる

プロジェクトで問題が発生した際に、その原因をシステムやプロセスの問題として捉えず、「誰のせいだ」という個人への責任追及に終始する組織。このような環境では、誰もが保身に走り、責任回避(悪貨)が最も賢い生存戦略となります。主体的に責任を負おうとする「良貨」は、理不尽な非難の的となり、心身ともに消耗してしまいます。

4. 評価制度が「減点主義」に偏っている

新しい挑戦には失敗がつきものです。しかし、成功しても大して評価されず、一度の失敗で評価を大きく下げる「減点主義」の文化では、誰も挑戦しなくなります。現状維持で何もしないことが最も安全な選択(悪貨)となり、成長意欲の高い「良貨」は、挑戦が奨励される環境を求めて去っていきます。

5. 「社内政治」がうまい人間が得をする

実力や貢献度ではなく、上司へのごま擂りや派閥力学といった「社内政治」の巧みさで、ポジションや報酬が決まる組織。このような環境では、誠実に仕事に向き合う「良貨」は正当に評価されず、不公平感と無力感に苛まれます。彼らは、自分の実力が通用する、より公正な市場を求めて転職を決意します。

第3章:なぜ「良貨」は沈黙し、市場から去るのか?- 優秀な人材の心理

「悪貨」が蔓延する組織で、優秀な人材(良貨)の心の中では何が起きているのでしょうか。彼らが静かに会社を去るまでには、いくつかの心理的な段階があります。

段階1:違和感と不公平感

まず、彼らは組織の不合理さや不誠実さに気づき、強い違和感を覚えます。「なぜ、真面目にやっている自分が損をするのか」という不公平感は、彼らのモチベーションを静かに、しかし確実に蝕んでいきます。

段階2:改善への試みと失望

次に、正義感の強い彼らは、状況を改善しようと試みます。上司に問題点を進言したり、自らが手本となって正しい行動を示そうとしたりします。しかし、その試みが無視されたり、あるいは罰せられたりした時、彼らは組織に対して深い失望を覚えます。

段階3:学習性無力感と沈黙

改善の努力が無駄であると学習すると、彼らは学習性無力感に陥ります。「何を言っても、何をしても、この組織は変わらない」と諦め、組織へのエンゲージメントを失い、口を閉ざします。この「沈黙」こそ、彼らが外部に目を向け始めた、最も危険なサインです。

段階4:合理的な市場退出

優秀な人材ほど、自らの市場価値を客観的に認識しています。彼らは、この不合理な組織に留まり続けることの機会費用(他の会社でなら得られたであろう成長や報酬)を冷静に計算します。そして、転職という、彼らにとって極めて合理的な選択を実行に移すのです。

第4章:「良貨」を守り、「悪貨」を駆逐する経営者の仕事

グレシャムの法則は強力ですが、それに抗うことは可能です。それこそが、経営者の最も重要な仕事です。

1. 「良貨」を定義し、それを明確に評価する

まず、あなたの会社における「良貨」とは何か、つまりどのような行動や価値観を称賛するのかを、全社員が理解できる言葉で明確に定義します。そして、その定義を、給与、昇進、賞賛といった、あらゆる評価の仕組みに一貫して反映させます。「何を達成したか」だけでなく、「どのように達成したか」というプロセスを評価基準に組み込むことが不可欠です。

2. 「悪貨」に対しては「ゼロ・トレランス」で臨む

経営者は、組織における「悪貨」の流通を許さないという、断固たる姿勢を示す必要があります。不誠実な行為や、チームの和を乱す行動に対しては、見て見ぬふりをするのではなく、たとえその人物が短期的な成果を上げていたとしても、明確なフィードバックを行い、是正を求めなければなりません。経営者の「沈黙」は、「容認」という最悪のメッセージになります。

3. 透明性を高め、「悪貨」が隠れる場所をなくす

「悪貨」は、不透明で曖昧な環境を好みます。誰が何に貢献しているのか、どのような基準で評価されているのかといった情報の透明性を高めることで、「やったふり」や責任転嫁といった行動が通用しない環境を作ります。定期的な1on1ミーティングや、オープンな情報共有ツールは、そのための有効な手段です。

4. 経営者自らが、最高の「良貨」たれ

最終的に、組織の文化を決定づけるのは、経営者自身の行動です。経営者が誰よりも誠実に、誰よりも高い基準で仕事に向き合い、失敗を認め、チームに貢献する姿勢を示すこと。この率先垂範こそが、組織に流通すべき通貨の基準を打ち立てる、最も強力な方法なのです。

よくある質問

Q: 「悪貨」とされる社員を、すぐに解雇すべきでしょうか?

A: まず行うべきは、解雇ではなく、明確なフィードバックと改善の機会を与えることです。本人が自身の行動が「悪貨」であると認識していない場合も少なくありません。組織が求める「良貨」の基準を具体的に示し、行動変容を促すことが先決です。それでも改善が見られない場合に、初めて配置転換や退職勧奨といった次のステップを検討すべきです。

Q: 成果は出すが、行動に問題がある社員(優秀な悪貨)への対応が最も難しいです。

A: これは経営者の覚悟が試される場面です。その「優秀な悪貨」を放置することは、「この会社では、チームワークや誠実さを犠牲にしても、個人で成果さえ出せば許される」という強力なメッセージを組織全体に発信することになります。その結果、他の多くの「良貨」がモチベーションを失い、組織を去るという、遥かに大きな損害に繋がります。短期的な成果と、長期的な組織文化の健全性を天秤にかけ、毅然とした対応を取る必要があります。

Q: すでに「悪貨」が蔓延してしまった組織を立て直すには、何から手をつければ良いですか?

A: まず、経営者自身が「組織は危機的状況にある」という強い問題意識を持ち、変革へのコミットメントを明確にすることから始まります。その上で、この記事で述べたように、組織が目指すべき「良貨」の基準を再定義し、それを評価制度に反映させる。そして、まずは経営陣や管理職から、その新しい基準を徹底して実践する。時間はかかりますが、トップの断固たる姿勢と一貫した行動がなければ、文化の再生は不可能です。

Q: 小さな会社で、全員が家族のような雰囲気です。厳しい基準を適用しにくいのですが。

A: 「仲が良い」ことと「馴れ合い」は、明確に区別すべきです。真に良い関係とは、互いにリスペクトしているからこそ、プロフェッショナルとして言うべきことは言い合える関係です。「家族のようだから」という理由で、低い品質の仕事や無責任な行動を許容することは、長期的には組織全体の競争力を削ぎ、全員を不幸にします。愛情と規律は、両立させなければなりません。

筆者について

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