想定読者

  • 部下の成長スピードが遅く、指導方法に悩んでいる経営者
  • OJTが形骸化し、新入社員や若手がなかなか一人前にならないと感じるマネージャー
  • 自分自身のスキルアップの現在地と、次のステップへの道筋を明確にしたいビジネスパーソン

結論:部下が「育たない」のではない。あなたが、部下の「現在地」を理解していないだけだ

「何度言っても、マニュアル通りにしか動けない…」
「なぜ、状況に応じた柔軟な判断ができないんだ…」

もしあなたが、部下の成長に対してこのような不満や焦りを感じているのなら、その問題の根は、部下の能力や意欲ではなく、あなたの指導法そのものにあるのかもしれません。

私たちは、スキルというものを、経験年数と共に直線的に伸びていく、連続的なものだと考えがちです。しかし、人間のスキル習得のプロセスは、全くそのようには進みません。それは、量的な積み重ねではなく、思考のOSそのものが書き換わるような、非連続で段階的な質的変化なのです。

この、人がスキルを習得していく過程を、5つの明確な段階として可視化したロードマップ。それが、哲学者ヒューバート・ドレイファスらが提唱したドレイファスモデルです。

このモデルが教える最も重要な点は、スキルレベルが異なる人間は、同じ状況を見ても、全く異なる世界を見ているということです。初心者は「ルール」だけを頼りにし、達人は「直感」で全体を把握します。この絶望的なほどの認識のズレを理解せずに行われる指導は、例えるなら、小学生に大学レベルの微積分を教えようとするようなものです。当然、うまくいくはずがありません。

この記事は、「なぜ部下は育たないのか」という嘆きを、科学的な分析と具体的な解決策へと転換するための、強力な診断ツールです。この5段階のロードマップを手にすることで、あなたは部下の現在のスキルレベル、すなわち「現在地」を正確に把握し、彼らを次のステージへと導くための、最も効果的な指導法を見出すことができるでしょう。

第1章:なぜ「見て覚えろ」は、もはや通用しないのか?

かつての職人社会では、「師匠の背中を見て覚えろ」という指導法が当たり前でした。しかし、この方法は現代のビジネス環境において、なぜ機能しなくなったのでしょうか。その答えは、教える側と教わる側の、スキルレベルによる認識の断絶にあります。

達人は、自分が「なぜできるのか」を説明できない

長年の経験を積んだベテラン社員、いわゆる「達人」は、多くの業務を無意識的かつ直感的にこなします。複雑な状況の中から、瞬時に問題の核心を見抜き、最適解を導き出します。

しかし、彼らに「なぜ、そのように判断したのですか?」と尋ねると、「なんとなく」「経験と勘だ」といった、曖昧な答えしか返ってこないことが少なくありません。これは、彼らが不親切だからではありません。彼らの思考プロセスは、すでに言語化できるレベルを超え、高度に自動化されてしまっているため、自分でもその詳細な手順を説明することが困難なのです。

初心者が必要なのは「直感」ではなく「ルール」

一方、その業務に初めて触れる「初心者」は、その業務に関する経験もなければ、状況を判断するための文脈も持っていません。彼らが唯一頼りにできるのは、具体的で、状況に依存しない、明確なルールだけです。

「Aの場合は、Bをせよ」という、チェックリストのような指示がなければ、初心者は一歩も動くことができません。この初心者に、達人が「状況をよく見て、柔軟に対応しろ」と指導しても、それは「地図もコンパスも持たない旅人に、目的地だけを告げて砂漠に放置する」のと同じくらい、無責任で残酷な行為なのです。

この教える側(達人)と教わる側(初心者)の絶望的なまでの認識のギャップこそが、多くのOJTが失敗に終わる根本的な原因です。ドレイファスモデルは、このギャップを埋めるための共通言語を提供してくれます。

第2章:スキル習得の5段階ロードマップ「ドレイファスモデル」

ドレイファスモデルは、スキル習得のレベルを「初心者」から「達人」までの5つの段階に分類します。各段階で、人は何を頼りに判断し、どのように世界を認識しているのでしょうか。

段階1:初心者(Novice)

  • 思考のOS: ルールベース
  • 特徴: この段階の人は、その分野に関する経験を全く持っていません。そのため、行動の唯一の拠り所は、状況によらない絶対的なルールマニュアルチェックリストです。文脈を理解することができず、「なぜ」を問うことなく、指示された手順を忠実に実行することに集中します。
  • 例: 料理の初心者は、レシピに「塩を少々」と書かれていても、それが何を意味するのか分からず、ただ文字通りに行動するしかありません。

段階2:中級者(Advanced Beginner)

  • 思考のOS: ガイドライン適用
  • 特徴: いくつかの実務経験を積み、ルールを少しだけ超えた状況的な要素を認識し始めます。過去の経験と似たような状況に直面した際に、「あの時はこうだったから、今回もこうしよう」という判断ができるようになります。しかし、まだ全体像を把握することはできず、判断は断片的な経験に依存します。
  • 例: 新人営業担当者は、いくつかの商談を経験し、「このタイプのお客様には、この資料を見せるのが効果的だった」というパターンを学び始めます。

段階3:上級者(Competent)

  • 思考のOS: 目標志向・計画的
  • 特徴: より多くの経験を積み、無数のルールや情報の中から、長期的な目標達成のために何が重要かを選択し、優先順位をつけ、計画を立てることができるようになります。自分の行動に責任感を持ち始め、問題解決のために主体的に行動しますが、まだ分析的な思考に強く依存しており、精神的な負荷が高い状態です。
  • 例: プロジェクトリーダーは、全体の目標から逆算してタスクを分解し、誰に何を任せるかという計画を立て、実行することができます。

段階4:熟練者(Proficient)

  • 思考のOS: 直感的状況把握
  • 特徴: ここで質的な飛躍が起こります。もはや個別の要素を一つひとつ分析するのではなく、状況全体を、過去の膨大な経験に基づいたパターンとして直感的に把握します。何が正常で、何が異常か、何が最も重要なレバレッジポイントかを、瞬時に見抜くことができます。分析よりも、状況認識に基づいた判断が主になります。
  • 例: ベテランの医師は、患者の顔色やちょっとした仕草、検査データの微妙なパターンから、教科書的な分析を超えて、瞬時に病気の可能性を直感します。

段階5:達人(Expert)

  • 思考のOS: 直感的・無意識的行動
  • 特徴: スキルと完全に一体化した状態です。もはやルールや計画を意識することなく、状況に応じて最適な行動が、呼吸をするように自然に、そして無意識的に行われます。彼らの行動は、しばしば流れるようで、無駄がありません。しかし、その思考プロセスは高度に自動化されているため、他者に言語で説明することが極めて困難になります。
  • 例: 伝説的な棋士は、盤面を分析するのではなく、盤面全体から「この一手しかない」という感覚を受け取り、それに従って指します。

第3章:部下のレベルに合わせた、最適な指導法

この5段階のロードマップは、部下一人ひとりに対して、どのような指導や環境を提供すべきかを明確に示してくれます。

  • 初心者への指導:
    具体的なルールとチェックリストが全てです。「自分で考えろ」は禁句。「なぜ」を説明するよりも、「何を」「どのように」やるかを、ステップバイステップで明確に指示します。頻繁な進捗確認と、手厚い監督が不可欠です。
  • 中級者への指導:
    多くの事例に触れさせることが重要です。成功事例だけでなく、失敗事例も共有し、状況に応じたパターンの認識を促します。少しずつ「君ならどうする?」と問いかけ、限定的な範囲で判断の機会を与え始めます。
  • 上級者への指導:
    より大きな目標と責任を与えます。計画立案のプロセスそのものに参加させ、意思決定の経験を積ませることが成長を加速させます。彼らの分析的なアプローチを尊重しつつ、時折「もし計画通りにいかなかったら?」と問いかけ、視野を広げる手助けをします。
  • 熟練者への指導:
    裁量権を大幅に与え、マイクロマネジメントを完全にやめることが最も重要です。彼らの直感的な判断を信じて任せましょう。リーダーの役割は、彼らの判断をサポートし、彼らが言語化に苦しんでいる洞察を、他のメンバーに翻訳する手伝いをすることです。
  • 達人への関わり方:
    達人をプレイヤーとしてだけではなく、組織の資産として捉え直します。彼らは教えるのが苦手なことが多いことを理解した上で、彼らの暗黙知を、初心者のためのルールや中級者のための事例集といった「形式知」に変換するプロセスを、ファシリテーターとして支援します。彼らをメンターとして位置づけ、その知恵が組織全体に還元される仕組みを作りましょう。

第4章:経営者自身のスキルレベルを客観視する勇気

このモデルは、部下を評価するためだけのものではありません。経営者であるあなた自身が、「経営」や「リーダーシップ」というスキルにおいて、今どの段階にいるのかを客観的に見つめ直すための、強力な鏡でもあります。

あなたは、過去の成功体験という名の「ガイドライン」に囚われた中級者ではないでしょうか?あるいは、データ分析と計画立案に頼りすぎるあまり、市場の直感的な変化を見逃している上級者ではないでしょうか?

組織の成長は、リーダーの成長段階によって規定されます。リーダーが自分のスキルレベルを客観視し、常に自分をストレッチゾーンに置く謙虚な姿勢を持つこと。それこそが、組織全体が学び続け、達人を生み出し続ける文化を育むための、唯一の道なのです。

よくある質問

Q: このモデルは、プログラミングのような知的労働だけでなく、スポーツなどの身体的なスキルにも当てはまりますか?

A: はい、当てはまります。ドレイファスモデルは、特定の分野に限定されない、人間がスキルを習得する際の普遍的なプロセスを記述したものです。運転、楽器の演奏、外科手術、スポーツなど、あらゆる種類のスキル習得の過程を、この5段階で分析することができます。

Q: 上級者(Competent)の段階で成長が止まってしまう社員が多いように感じます。なぜでしょうか?

A: これは多くの組織で見られる現象で、「上級者の壁」とも呼ばれます。上級者は、分析的な思考と計画によって問題を解決することに成功体験を持っているため、そこから抜け出し、より曖昧でリスクを伴う「直感」に頼ることに強い抵抗を感じます。この壁を越えさせるためには、リーダーが裁量権を与え、失敗を許容し、「分析」ではなく「状況判断」を促すような問いかけを続けることが重要です。

Q: チーム内に、初心者から熟練者まで、様々な段階のメンバーが混在しています。どのようにマネジメントすれば良いですか?

A: チーム全体のパフォーマンスを最大化するためには、各メンバーのスキルレベルに応じた役割分担が鍵となります。例えば、初心者はマニュアル化された定型業務を正確にこなす役割、上級者はプロジェクトの計画と進捗管理、熟練者は予期せぬトラブルへの対応や、若手へのアドバイスといった役割が考えられます。また、中級者が初心者に教える、といった相互学習の文化を育むことも非常に有効です。

Q: 自分のスキルレベルを客観的に知る方法はありますか?

A: 完全な客観視は難しいですが、いくつかの方法があります。1. 信頼できる上司やメンターに、自分の仕事ぶりについて具体的なフィードバックを求める。2. 自分がタスクに取り組む際の思考プロセスを意識的に観察する。「ルールに頼っているか」「計画を立てているか」「直感で判断しているか」などを自問します。3. 他者に自分のスキルを教えようとしてみること。どこまで言語化して説明できるかによって、自分の理解度を測ることができます。

筆者について

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