想定読者

  • 先の見えない状況で、重要な経営判断を迫られている経営者
  • 自身の意思決定が悲観的すぎる、あるいは楽観的すぎると感じている方
  • リスクとリターンのバランスを、感覚ではなく論理で判断したい方

結論:その決断は、あなたの性格で決めるべきではありません。

その決断は、あなたの性格、すなわち悲観的か楽観的かで決めるべきではありません。それは、自社が置かれた状況を冷静に分析し、最悪の事態を絶対に避けなければならないのか、それとも一発逆転の最高の結果を狙うべきなのかを判断する、極めて論理的な戦略選択なのです。

なぜ、私たちの意思決定は「ブレる」のか?不確実性という霧

ビジネスという不確実性の海

競合他社の動向、市場の急激な変化、新たな技術の登場、そして予測不能な社会情勢。ビジネスの世界は、常に先の見えない不確実性という深い霧に包まれています。この霧の中で、私たちは日々、新規事業への投資、人材の採用、価格設定といった、企業の将来を左右する重要な意思決定を迫られています。

多くの経営者は、こうした決断の場面で、自らの経験や直感、あるいはその時の感情に頼らざるを得ないと感じています。しかし、感情や直感に基づいた意思決定は、その日のコンディションや周囲の意見によって容易にブレてしまいます。昨日まで「攻めるべきだ」と思っていたのに、今日は急に弱気になってしまう。この一貫性のなさが、組織の混乱を招き、大きな機会損失や、時には致命的な失敗に繋がるのです。

思考のコンパス「ゲーム理論」

この不確実性の霧の中を進むための、強力な思考のコンパスとなるのが、ゲーム理論です。ゲーム理論とは、複数の主体が互いに影響を与え合う状況における意思決定を、数学的なモデルを用いて分析する学問です。

精神論や根性論といった曖昧なものを一切排除し、極めてドライに、そして論理的に最適な選択肢を導き出そうとするこのアプローチは、ビジネスという複雑なゲームを戦い抜く上で、非常に強力な武器となります。この記事では、その中でも特に、確率が全く予測できないという、最も困難な状況下での意思決定に光を当てる2つの原理を解説します。

最悪の事態を回避する「マクシミン原理」とは何か?

まず紹介するのは、究極の防御戦略、マクシミン原理です。これは、石橋を叩いて渡るどころか、石橋の安全性が100パーセント証明されるまで渡らない、というほどの悲観的、あるいは保守的な意思決定モデルです。

マクシミン原理の思考プロセス

マクシミン原理の思考プロセスは、以下の通りです。

  1. 取りうる選択肢を全てリストアップする。
  2. それぞれの選択肢を選んだ場合に、起こりうる結果を全て想定する。
  3. それぞれの選択肢における最悪の結果(ミニマム)に注目する。
  4. その最悪の結果の中で、最もマシなもの(マキシマム)をもたらす選択肢を選ぶ。

マキシマム・オブ・ミニマム、すなわち最小値の中の最大値を選ぶから、マクシミン原理と呼ばれます。

具体例:新規事業の選択

ある企業が、新規事業として3つの案(A, B, C)を検討しているとします。市場環境が「好景気」になるか「不景気」になるかは、全く予測できません。それぞれの事業が生むと想定される利益は、以下の通りです。

  • 事業A: 好景気なら利益+10億円、不景気なら損失-5億円
  • 事業B: 好景気なら利益+3億円、不景気なら利益+1億円
  • 事業C: 好景気なら利益+6億円、不景気なら損失-2億円

マクシミン原理に従うと、まずそれぞれの事業の最悪の結果に注目します。

  • 事業Aの最悪の結果:損失-5億円
  • 事業Bの最悪の結果:利益+1億円
  • 事業Cの最悪の結果:損失-2億円

次に、これらの最悪の結果(-5億, +1億, -2億)の中で、最もマシなものを選びます。それは、事業Bがもたらす「利益+1億円」です。したがって、マクシミン原理に基づけば、選択すべきは事業Bとなります。

この戦略は、大きな成功を逃す可能性はありますが、致命的な失敗を確実に回避することができます。企業の存続が危うい時、失敗が許されない重要なプロジェクト、あるいは極めて不安定な市場環境下では、非常に有効な意思決定モデルです。

最高の結果を追求する「マクシマックス原理」とは何か?

次にご紹介するのは、マクシミン原理とは正反対の、究極の攻撃戦略、マクシマックス原理です。これは、最悪の事態は度外視し、一発逆転のホームランのみを狙う、極めて楽観的な意思決定モデルです。

マクシマックス原理の思考プロセス

マクシマックス原理の思考プロセスは、以下の通りです。

  1. 取りうる選択肢を全てリストアップする。
  2. それぞれの選択肢を選んだ場合に、起こりうる結果を全て想定する。
  3. それぞれの選択肢における最高の結果(マキシマム)に注目する。
  4. その最高の結果の中で、さらに最も大きなもの(マキシマム)をもたらす選択肢を選ぶ。

マキシマム・オブ・マキシマム、すなわち最大値の中の最大値を選ぶから、マクシマックス原理と呼ばれます。

具体例:再び、新規事業の選択

先ほどと同じ事例で考えてみましょう。

  • 事業A: 好景気なら利益+10億円、不景気なら損失-5億円
  • 事業B: 好景気なら利益+3億円、不景気なら利益+1億円
  • 事業C: 好景気なら利益+6億円、不景気なら損失-2億円

マクシマックス原理に従うと、まずそれぞれの事業の最高の結果に注目します。

  • 事業Aの最高の結果:利益+10億円
  • 事業Bの最高の結果:利益+3億円
  • 事業Cの最高の結果:利益+6億円

次に、これらの最高の結果(+10億, +33億, +6億)の中で、最も大きなものを選びます。それは、事業Aがもたらす「利益+10億円」です。したがって、マクシマックス原理に基づけば、選択すべきは事業Aとなります。

この戦略は、不景気になった場合に-5億円という大きな損失を被るリスクを完全に無視しています。しかし、そのリスクを取ることでしか得られない、圧倒的なリターンを追求します。企業の体力に十分な余裕がある時、市場シェアを大きく塗り替えるチャンスがある時、あるいは競合に打ち勝つために大胆な一手を打つ必要がある場合には、この楽観的な戦略が有効となることがあります。

あなたはどちらを選ぶべきか?これは性格診断ではない

重要なのは、マクシミン原理とマクシマックス原理のどちらが優れているか、という議論ではありません。また、自分が悲観的な性格だからマクシミン原理、楽観的な性格だからマクシマックス原理、という性格診断で決めるものでもありません

優れた経営者とは、この2つの原理を両手に持った戦略家です。そして、自社が置かれた状況を冷静に分析し、今どちらのカードを切るべきかを、論理的に判断できる人物です。

戦略選択のための4つの判断軸

  1. 自社の体力(リスク許容度): 最悪の事態が発生した場合、会社はそれに耐えられるか?損失が致命傷になるのであれば、マクシミン原理を選ぶべきです。逆に、多少の損失は許容できる体力があるなら、マクシマックス原理で大きなリターンを狙う選択肢も生まれます。
  2. 市場環境と機会: 市場は成長期か、成熟期か、衰退期か?大きなチャンスが目の前にある成長市場ならば、リスクを取ってでもマクシマックス原理で勝負をかける価値があるかもしれません。
  3. 競合の動向: 競合他社はどのような戦略を取っているか?全員が保守的なマクシミン戦略を取っている市場であれば、あえてマクシマックス戦略で攻め込むことで、一気に市場を席巻できる可能性があります。
  4. 時間軸: 短期的な安定を確保すべきフェーズか、それとも長期的な飛躍のために、短期的な損失を許容すべきフェーズか?

意思決定の質は、「どちらを選んだか」という結果だけで測られるものではありません。「なぜ、どのような論理的根拠に基づいて、その戦略を選択したのか」を明確に説明できること。それこそが、経営者に求められる真の意思決定能力なのです。

よくある質問

Q: マクシミンとマクシマックスの中間的な考え方はありますか?

A: はい、「ハーヴィッツの基準」という考え方があります。これは、楽観度を0から1の間の数値(α)で設定し、最高の結果と最悪の結果をその係数で重み付けして評価する方法です。より現実の意思決定者の心理に近い、柔軟なアプローチと言えます。

Q: 起こりうる結果の「確率」が分かっている場合はどうすれば良いですか?

A: もし、好景気になる確率が70パーセント、不景気になる確率が30パーセント、といったように確率が予測できる場合は、「期待値最大化の原理」を用いるのが最も合理的です。それぞれの結果に確率を掛け合わせた期待値を計算し、その期待値が最も高くなる選択肢を選びます。マクシミンやマクシマックスは、確率が全く分からない不確実な状況下で用いる思考ツールです。

Q: 悲観的な性格なので、どうしてもマクシミン原理に偏ってしまいます。

A: まず、それが性格のせいだと考えるのをやめましょう。意識的にマクシマックス原理の視点から状況を分析し、「もし、この最高の利益を得るためには、発生しうる最悪のリスクをどう管理すれば良いか?」と、問いの立て方を変えてみるのが有効です。

Q: チームで意思決定する際に、意見が割れた場合はどうすれば良いですか?

A: メンバーが、どの原理に基づいて意見を述べているのかを明確にすることが重要です。悲観的なリスクを指摘するマクシミン派と、楽観的なリターンを主張するマクシマックス派の意見を両方尊重し、リスクをヘッジしながらリターンを狙う第三の案を模索するための、建設的な議論が可能になります。

Q: この原理は、日常生活にも応用できますか?

A: はい、できます。例えば、転職活動でA社(給料は最高だが解雇のリスクあり)とB社(給料はそこそこだが安定している)のどちらを選ぶか、といった重要な個人的決断の場面で、自分の思考を整理し、判断の根拠を明確にするのに役立ちます。

Q: 結局、どちらが正しいのでしょうか?

A: どちらが絶対的に正しい、という答えはありません。意思決定の目的は、常に100パーセント正しい選択をすることではなく、その選択の根拠を論理的に説明でき、結果に対して責任を持ち、次の行動に繋げることです。これらの原理は、そのための強力な思考のツールです。

筆者について

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