想定読者

  • 時間と費用をかけた社員研修の効果が、一過性で終わっていることに悩む経営者
  • 自分自身の学習効率を高め、多忙な中でもスキルを確実に身につけたいビジネスリーダー
  • 「教えっぱなし」のOJTから脱却し、部下が確実に成長する仕組みを構築したいマネージャー

結論:あなたの学びが無駄になるのは、「忘れる」からではない。「忘れる」ことを前提に、計画していないからだ

もしあなたが、多額の費用と時間を投じた社員研修の翌日、参加した社員がその内容をほとんど覚えていないことに、失望や憤りを感じているのなら、その感情は、残念ながら見当違いです。

なぜなら、学んだことを忘れるのは、彼らの意欲や能力が低いからではなく、人間の脳がそのように設計されているからに他ならないからです。

19世紀の心理学者ヘルマン・エビングハウスが行った記憶に関する科学的な実験は、この残酷な真実を忘却曲線という形で明らかにしました。その研究によれば、私たちは何かを学習しても、

  • 20分後には、42%を忘れる
  • 1時間後には、56%を忘れる
  • そして、たった1日後には、74%もの情報を忘れてしまう

のです。

これは、あなたの会社だけで起きている悲劇ではありません。人間の脳に共通する、普遍的で避けられないメカニズムなのです。脳は、日々浴びる膨大な情報から自らを守るため、重要でないと判断した情報を自動的に削除する、極めて優秀な「忘却機能」を備えています。

したがって、問題の核心は「忘れること」そのものではありません。真の問題は、ほとんどの組織や個人が、この脳のデフォルト設定を完全に無視し、「一度学べば覚えているはずだ」という、非科学的な幻想に基づいて学習計画を立てている点にあります。

この記事は、「記憶力」や「意志の力」といった精神論に頼るアプローチを完全に捨て去ります。その代わりに、この「忘れる」という脳の性質を逆手に取り、それをハックするための、極めて合理的で科学的な戦略、すなわち最適なタイミングでの復習という武器を、あなたに提供します。

第1章:なぜ、私たちの脳はこれほどまでに「忘れっぽい」のか?

研修の内容が定着しない原因を探る前に、まず「忘れる」という行為が、私たちの脳にとっていかに自然で、そして必要な機能であるかを理解する必要があります。

エビングハウスの実験が暴いた、記憶の儚さ

エビングハウスは、記憶という曖昧なものを科学的に測定するため、意味を持たないアルファベットの羅列(例:「ZOF」「WUX」など)を被験者に覚えさせ、その記憶が時間と共にどれだけ失われるかを、自分自身を被験者として徹底的に記録しました。

彼が導き出した「忘却曲線」が衝撃的だったのは、忘却が数日や数週間かけてゆっくり進むのではなく、学習直後から、驚異的なスピードで発生することを示した点です。学習の熱が冷めやらぬ1時間後には、すでに半分以上の情報を失っている。この事実こそ、あらゆる学習者が直面する、出発点としての現実なのです。

忘れることは「脳の省エネ術」である

では、なぜ脳はこれほど効率的に忘れるのでしょうか。それは、脳が極めて燃費の悪い器官だからです。私たちの脳は、日々浴びる膨大な情報をすべて記憶しようとすれば、あっという間にエネルギー切れを起こし、パンクしてしまいます。

そのため、脳は情報の取捨選択を常に行っています。生存に関わらない、あるいはその後使われることのない情報は、重要度が低いと判断され、自動的に削除されていきます。つまり、忘れることは、脳が本当に重要な情報のために記憶の容量とエネルギーを確保するための、洗練された自己防衛機能であり、省エネ術なのです。「研修の内容」は、残念ながら、脳にとっては初期設定では「重要度が低い情報」に分類されてしまうのです。

第2章:忘却に抗う唯一の武器「復習」の科学

脳に「この情報は重要だ」と認識させ、忘却の彼方から救い出すための、唯一にして最強の行動。それが復習です。そして、その効果は、いつ、どのように行うかによって劇的に変化します。

復習が記憶を「長期的な資産」に変えるメカニズム

私たちが何かを学習した時、その情報はまず、脳の海馬という短期記憶を司る領域に一時的に保存されます。この段階の記憶は、非常に不安定で、簡単に消え去ります。

しかし、その情報が繰り返し使われると、脳は「おや、この情報は何度も使われるぞ。きっと重要な情報に違いない」と判断します。この信号を受け、記憶は大脳皮質という長期記憶の保管庫へと転送され、神経細胞同士の結合(シナプス)が物理的に強化されます。このプロセスを長期増強と呼びます。

復習とは、この脳のメカニズムを意図的にハックし、「これは重要な情報だ」という偽の緊急信号を何度も送りつけることで、記憶を強制的に長期保管庫へと移送させる行為なのです。

効果を最大化する「黄金の復習タイミング」

では、いつ復習するのが最も効率的なのでしょうか。忘却曲線の研究から導き出された、最も効果的とされるタイミングは以下の通りです。

  • 1回目の復習:学習の翌日
    最も忘却が進む最初の24時間以内に、記憶を一度呼び戻します。これにより、忘却曲線の急なカーブが、緩やかになります。
  • 2回目の復習:1週間後
    一度緩やかになった忘却曲線が、再び下がり始めた頃に、もう一度記憶を呼び戻します。
  • 3回目の復習:2週間後
    さらに定着を促します。
  • 4回目以降の復習:1ヶ月後、2ヶ月後…
    間隔を徐々に広げながら復習を繰り返すことで、記憶は強固な長期記憶として定着していきます。

重要なのは、完全に忘れてしまう前、しかし少し忘れかけた頃に思い出す努力をすることです。この「うーん、何だったかな」と頭を使う想起努力こそが、脳の神経回路を最も強く刺激し、記憶を深く刻み込むのです。

第3章:組織の研修効果を200%にする「復習のシステム化」

この科学的知見を、組織の人材育成に組み込むことで、研修の投資対効果を劇的に高めることができます。

「研修やりっぱなし」文化からの脱却

まず、研修を「2日間のイベント」として捉えるのをやめ、「1ヶ月間の学習プログラム」として再設計します。重要なのは、研修後のフォローアップを、参加者の自主性に任せるのではなく、必須の業務プロセスとしてシステムに組み込むことです。

  • 研修翌日(復習1回目):
    • 研修内容の要点に関する、5分程度のオンラインテストを実施する。
    • 学んだことを、部署内で共有する報告会を15分設ける。
  • 1週間後(復習2回目):
    • 「研修内容を、この1週間でどのように業務に応用したか」という実践事例を、1人1分で共有するミーティングを設定する。
    • 実践における疑問点や課題を話し合うQ&Aセッションを行う。
  • 1ヶ月後(復習3回目以降):
    • 上司との1on1ミーティングで、研修内容の定着度と、それによる業務パフォーマンスの変化を確認する。
    • 優れた実践者を表彰するなど、学習の継続を促すインセンティブを設ける。

OJTへの応用

新人教育においても、この原則は絶大な効果を発揮します。「一度に全てを教える」のではなく、情報を小分けにして教え、翌日と1週間後に、その実践状況を確認し、フィードバックを与えるというサイクルを回します。この反復的なアプローチが、新人のスキルを確実に定着させ、早期戦力化を実現します。

第4章:経営者自身の学びを血肉に変えるセルフラーニング術

この法則は、もちろん経営者自身の学習にも応用できます。多忙な中でインプットした知識を、単なる雑学で終わらせず、経営の武器に変えるための具体的な方法です。

読書を「消費」から「投資」へ変える

  • 読んだ翌日: 本の要点を、誰かに3分で説明してみる。あるいは、マインドマップや一枚の紙にまとめる。
  • 1週間後: 本の内容で、自社の経営に活かせそうなアクションプランを、最低一つ書き出す。
  • 1ヶ月後: そのアクションプランの進捗を確認し、本棚にあるその本をもう一度手に取って、重要な箇所を拾い読みする。

「アクティブ・リコール」で記憶を刻み込む

復習には、「質」があります。ただ教科書やノートをぼんやりと見返すような受動的な復習は、効果が低いことが分かっています。

最も効果的なのは、アクティブ・リコール(能動的な想起)です。これは、何も見ずに、自分の頭の中から情報を引き出そうとする行為です。

  • 本を読んだ後、一度本を閉じて「この章で最も重要だったことは何だろうか?」と自問する。
  • セミナーの後、メモを見ずに、その内容を誰かに説明してみる。

この「思い出す」という行為こそが、脳にとって最高のトレーニングなのです。

よくある質問

Q: 忙しくて、そんなに何度も復習する時間がありません。

A: 復習は、必ずしも長時間行う必要はありません。翌日の復習は10分、1週間後の復習は5分でも、絶大な効果があります。重要なのは、学習と同じくらいの時間をかけることではなく、「適切なタイミングで、短時間でも思い出す」という行為そのものです。効果のない学習に何時間も費やすよりも、学習と復習をセットで計画する方が、トータルの時間は遥かに短縮できます。

Q: 研修の内容が多すぎて、何を復習すれば良いかわかりません。

A: 良い質問です。これは、研修プログラムそのものに問題がある可能性を示唆しています。効果的な研修は、情報を詰め込むのではなく、「受講者に持ち帰ってほしい、最も重要な3つのメッセージ」のように、要点が絞り込まれています。もし内容が多い場合は、研修の最後に「明日から実践すべき、最も重要なことは何か」を一つだけ決めさせ、まずはその一点に絞って復習と実践のサイクルを回させるのが効果的です。

Q: モチベーションが続かず、復習がなかなか習慣になりません。

A: 復習を「意志の力」に頼ると、必ず失敗します。「仕組み」で解決すべきです。例えば、チームで同じ本を読み、翌週の定例会議の冒頭5分で、その内容についてディスカッションする時間を設ける。このように、復習を個人の課題ではなく、チームの共有タスクとしてスケジュールに組み込んでしまうことで、半強制的に習慣化することができます。

Q: この復習法は、スキル習得だけでなく、人の名前を覚えるようなことにも使えますか?

A: はい、絶大な効果を発揮します。新しい人と名刺交換をした後、その日のうちに一度、名刺を見返して顔と名前、話した内容を思い出す。そして、1週間後に再度名刺を見て思い出す。この簡単なプロセスを踏むだけで、記憶の定着率は劇的に向上します。あらゆる種類の「覚える」という行為に、この法則は応用可能です。

筆者について

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