想定読者

  • 組織拡大に伴い、社員間のコミュニケーション不全や一体感の喪失を感じている経営者
  • 部署間の壁やセクショナリズムの発生に悩み、組織の生産性低下を懸念しているリーダー
  • これから組織を拡大していく上で、起こりうる問題を事前に予測し、対策を打ちたい事業主

結論:あなたの会社の「一体感の喪失」は、経営者の能力不足ではなく、人間の脳に刻まれた避けられない限界である

いつからか、社員の顔と名前が一致しなくなった。
かつては家族のようだった会社が、ただの人の集まりに感じられる。
部署間の連携は悪化し、「昔はこんなことなかったのに」という嘆きが聞こえる。

もしあなたが、このような組織の変化に心を痛めているのなら、その原因を自分自身の経営能力の低下や、社員の意欲不足に求める必要はありません。それは、あなたの会社が、人間の脳に生まれつき備わっている、ある根本的な限界に到達した、という極めて自然なサインなのです。

その限界値こそ、イギリスの人類学者ロビン・ダンバーが発見したダンバー数、すなわち約150人という数字です。

これは、精神論や経験則ではありません。霊長類の脳の大きさ、特に高度な社会認知を司る新皮質のサイズと、その動物が形成する安定した群れの大きさとの間に、明確な相関関係があることを突き止めた、科学的な研究に基づくものです。そして、人間の新皮質のサイズから算出される、安定した社会関係を維持できる人数の上限、それが「150人」なのです。

つまり、あなたの脳は、そもそも150人を超える人間と、意味のある信頼関係を同時に維持するようには設計されていないのです。

この記事は、多くの経営者が直面するこの「150人の壁」という見えない敵の正体を、脳科学と組織論の観点から徹底的に解き明かします。そして、この法則を無視して組織崩壊の道をたどるのではなく、この法則を深く理解し、それを逆手に取ることで、あなたの会社を次の成長ステージへと導くための、具体的で科学的な組織デザイン戦略を提示します。

第1章:なぜ「150人」なのか? - 脳とコミュニティの科学

ダンバー数が単なる偶然の数字ではなく、人類の歴史と脳の進化に深く根ざしたものであることを理解することが、この法則を使いこなすための第一歩です。

脳のキャパシティが、人間関係の上限を決める

ロビン・ダンバーは、様々な霊長類の群れの大きさを調査し、その群れのサイズが、脳の大脳新皮質の大きさと、正の相関関係にあることを発見しました。新皮質は、言語、思考、計画といった高度な認知機能を担う部位であり、他者の心を理解し、複雑な社会関係を管理するためにも不可欠です。

群れの仲間一人ひとりの「顔」「名前」「性格」「自分との関係」「他者との関係」といった膨大な情報を記憶し、処理するためには、相応の脳の計算能力が必要となります。ダンバーは、この相関関係を人間に当てはめ、私たちの脳が処理できる人間関係の認知的な上限が、およそ100人から250人の間、平均すると約150人であると結論づけたのです。

歴史が証明する「150人」という魔法の数字

この「150人」という数字は、単なる理論上の計算値ではありません。驚くべきことに、人類の歴史を通じて、自己組織的に形成された様々なコミュニティが、この数字の周辺に収斂しているのです。

  • 古代の狩猟採集民の村: 考古学的な研究によれば、新石器時代の村の平均的な人口は150人程度であったと推定されています。
  • ローマ軍の基本単位: 古代ローマ軍の中核をなす歩兵中隊(マニプルス)は、約120人から160人で構成されていました。
  • 現代の軍隊: 現代の軍隊においても、独立して作戦行動が可能な中隊の規模は、多くの場合150人前後で編成されています。これは、指揮官が部下一人ひとりの顔と名前、能力を把握し、強固な信頼関係に基づいて率いることができる限界のサイズとされています。

これらの歴史的な事実は、150人という集団が、メンバー全員が互いを個人的に認知し、非公式なコミュニケーションと相互信頼によって、規律と一体感を維持できる、自然な上限であることを示唆しています。

第2章:「150人の壁」が引き起こす組織崩壊のメカニズム

組織の規模がこの魔法の数字を超えると、これまで機能していた非公式なメカニズムは崩壊し、様々な問題が噴出し始めます。

1. 「暗黙知」が機能しなくなる

150人以下の組織では、多くの情報が「あうんの呼吸」や、立ち話、ランチといった非公式なコミュニケーションを通じて、自然に共有されます。会社のビジョンや価値観も、経営者の日々の言動を通じて、暗黙のうちに伝わっていきます。

しかし、人数が増え、互いが「顔見知り」でなくなると、この暗黙知の伝達は機能不全に陥ります。情報格差が生まれ、部門間の連携は滞り、「言った、言わない」の問題が頻発します。創業時の精神は薄れ、組織はただの個人の寄せ集まりへと変質し始めます。

2. 「信頼」から「管理」への移行コスト

メンバーが互いを個人的に信頼している組織では、多くの物事は性善説に基づいて進みます。細かいルールや監視システムは不要であり、管理コストは非常に低く抑えられます。

しかし、150人を超え、知らない顔が増えてくると、非公式な相互監視(ピアプレッシャー)は効かなくなります。その結果、組織の秩序を維持するために、形式的なルール、詳細な報告義務、監視システムといった、膨大な管理コストが必要になるのです。この官僚主義的なプロセスが、組織のスピードと活力を奪っていきます。

3. 「部族化」とセクショナリズムの発生

大きな集団の中にいる人間は、より安心できる小さな単位に、自らのアイデンティティを求めようとします。組織が150人を超えると、社員の帰属意識は「会社全体」から、自分が所属する「営業部」や「開発部」といった、より小さな「部族」へと移っていきます。

その結果、他の部署をライバル視したり、自部署の利益を優先したりするセクショナリズムが蔓延します。部署間の壁は厚くなり、サイロ化が進み、組織全体としての最適解を見出すことが極めて困難になるのです。

第3章:「150人の壁」を乗り越えるための組織デザイン戦略

この法則は、成長を諦めるべきだという悲観的なメッセージではありません。それは、成長の仕方を変えるべきだという、戦略的な指針なのです。

戦略1:「細胞分裂」による組織デザイン

この法則を最も効果的に活用している企業の一つが、ゴアテックスで知られるW・L・ゴア&アソシエイツ社です。同社は、一つの工場の従業員数が150人を超えそうになると、その近くに新しい工場を建設し、組織を意図的に分割するという戦略を徹底しています。

これにより、各工場は常に「顔の見える」コミュニティとしての規模を保ち、創業時のような一体感とイノベーションの文化を維持し続けているのです。大企業であっても、150人以下の自律的なユニット(事業部、子会社、支社など)の集合体として組織を再設計することで、ダンバー数の呪縛から逃れることが可能です。

戦略2:文化という「OS」を強力にインストールする

組織が大きくなっても、全員が共有できるもの。それが、企業のビジョン、ミッション、バリューといった、強固な組織文化です。

文化は、組織のOS(オペレーティングシステム)として機能します。明確で、魅力的な文化が浸透している組織では、社員は細かいルールに縛られなくても、「この会社の一員として、今どう振る舞うべきか」を、自律的に判断することができます。この共有された価値観が、物理的な距離や部署の壁を超えた、見えない絆となるのです。

戦略3:意図的な「交流の儀式」を設計する

組織が細胞分裂していくと、今度はユニット間の断絶が新たな問題となります。これを防ぐためには、異なるユニットのメンバーが交流し、互いを個人的に知るための機会を、会社が意図的に設計する必要があります。

全社的なイベント、部門横断プロジェクト、シャッフルランチ、メンター制度。これらは単なる福利厚生ではなく、巨大化した組織の血流を良くし、サイロ化を防ぐための、極めて重要なコミュニケーションの儀式なのです。

第4章:150人未満でも起こる「ミニ・ダンバー数」の罠

実は、ダンバーの研究は、150人という上限だけでなく、その内側にある、より親密な人間関係の階層構造も示しています。中小企業の経営者が、まず直面するのは、こちらの「ミニ・ダンバー数」かもしれません。

  • 5人の壁: 最も親密で、頻繁に助け合えるコアな仲間の上限。創業メンバーのチーム編成などで意識すべき数字です。
  • 15人の壁: 深い信頼関係を築き、個人的な悩みを打ち明けられる親友の上限。部門やチームの基本単位として、極めて強力に機能するサイズです。
  • 50人の壁: カジュアルな飲み会に誘えるような、親しい友人の上限。この規模を超えると、全員参加の気軽な一体感を維持するのが難しくなり始めます。

あなたの会社が今、どの壁に直面しているのか。社員数が10人から20人になる時、40人から60人になる時。それぞれの段階で、コミュニケーションのあり方や、組織の構造を意図的に見直す必要があることを、この階層モデルは教えてくれます。

よくある質問

Q: SNSやリモートワークが普及した現代でも、150人という数字は変わりませんか?

A: 多くの研究が、SNSは「弱い繋がり」を維持する上では有効だが、「強い信頼関係」(ダンバー数が指す、互いに助け合える関係)を維持できる上限は、大きく変えないことを示唆しています。むしろ、リモートワークによって非公式なコミュニケーションが減少すると、実際に維持できる関係性の数は、150人よりも少なくなる可能性さえあります。

Q: 150人を超えてしまったら、もう昔のような一体感は取り戻せないのでしょうか?

A: 創業期のような、単一の家族的な一体感をそのままの形で取り戻すのは困難です。しかし、この記事で紹介したような組織の分割や文化の強化、交流の仕組み作りによって、それぞれが一体感を持つ「150人の村」の連合体として、新しい形の一体感を醸成することは十分に可能です。

Q: 会社の成長を150人で止めるべき、ということですか?

A: いいえ、全く違います。これは成長を止めるための法則ではなく、持続的に成長し続けるための法則です。「150人」という転換点を認識し、それを超えたら、これまでと同じやり方(自然発生的なコミュニケーション)では組織が機能しなくなることを自覚する。そして、成長のフェーズに合わせて、組織の構造を意図的にデザインし直す必要がある、ということです。

Q: 創業期の数人のチームですが、この法則から学べることはありますか?

A: はい、非常に重要です。特に「5人の壁」と「15人の壁」は、創業期のチーム編成において重要な示唆を与えます。意思決定の核となるコアメンバーは5人以内に。そして、最初のチームが15人を超えるタイミングで、2つ目のチームを作ることを検討し始める。このように、将来の成長を見越して、初期段階から組織構造を意識することが、スムーズな拡大の鍵となります。

筆者について

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