想定読者
- 複数の製品やサービスを展開しているが、どれに注力すべきか決めかねている経営者
- 成長の踊り場にあり、事業ポートフォリオの見直しを迫られている事業主
- 感覚的な経営から脱却し、データに基づいた合理的な事業戦略を構築したいリーダー
結論:あなたの会社の未来は、どの事業を「やめる」かによって決まる
もしあなたが、自社の全ての事業や製品に対して、我が子のように等しい愛情を注ぎ、「どれも大切だ」と考えているのなら、その“博愛主義”こそが、あなたの会社を静かに、しかし確実に蝕んでいる元凶かもしれません。
なぜなら、経営者が下すべき最も重要で、そして最も困難な決断は、「何を始めるか」以上に、「何を、そしていつ、やめるか」だからです。
あなたの会社が持つ、ヒト、モノ、カネ、時間といった経営資源は、残酷なまでに有限です。その限られた資源を、未来のない事業に延々と注ぎ込み続けることは、会社の未来そのものを食いつぶす行為に他なりません。
では、どの事業に投資し、どの事業から撤退すべきか。この非情な判断を下すための、客観的で強力な羅針盤。それが、ボストン・コンサルティング・グループが開発した経営戦略フレームワーク、PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)です。
PPMは、あなたの会社の事業を市場成長率と市場シェアという2つの客観的な軸で評価し、以下の4つの象限に分類します。
- 花形(Star): 将来の主役。今は投資が必要。
- 金のなる木(Cash Cow): 現在の稼ぎ頭。ここから資金を生み出す。
- 問題児(Problem Child): 将来性が未知数。選択と集中が求められる。
- 負け犬(Dog): 成長が見込めない。撤退の検討が必要。
この記事は、この強力な分析ツールを、あなたの会社の健康診断に用いるための、実践的なガイドブックです。感情的なしがらみを断ち切り、冷静な目で自社の事業ポートフォリオを解剖する。その先に見えてくる、あなたの会社が本当に進むべき道筋を、ここからお伝えします。
第1章:なぜ、あなたの会社に「事業の健康診断」が必要なのか?
多くの企業は、日々のオペレーションに追われ、自社の事業ポートフォリオ全体を、俯瞰して見る機会を失いがちです。PPMは、そのためのシンプルで強力なレンズを提供します。
経営の本質は「資源配分」にある
経営者の最も重要な仕事は、有限な経営資源を、未来の利益が最大化されるように配分することです。しかし、この判断は極めて困難です。なぜなら、各事業の担当者は、当然ながら自分の事業の重要性を主張し、より多くの予算と人員を要求するからです。
PPMは、こうした社内の力学や、経営者の個人的な思い入れといった主観的な要素を排除し、「市場の魅力度」と「自社の競争力」という、2つの客観的なものさしで、各事業の立ち位置を冷静に評価することを可能にします。
PPMを構成する2つのものさし
- 市場成長率(縦軸): その事業が展開されている市場全体が、今後どれだけ成長する見込みがあるかを示します。これは、事業の魅力度を測る指標です。高いほど、少ない労力で売上を伸ばせる可能性があります。
- 相対的市場シェア(横軸): その市場における、競合他社(特にトップ企業)と比較した、自社のシェアの大きさを示します。これは、事業の競争力(収益性)を測る指標です。高いほど、経験曲線効果などにより、コスト優位性を持ち、高い利益を生み出しやすくなります。
この2つの軸で区切られた4つの象眼に、あなたの会社の事業をプロットしていく。それが、PPM分析の第一歩です。
第2章:あなたの事業はどれ?4つの分類と取るべき戦略
自社の事業がどの象限に位置するかによって、取るべき戦略は根本的に異なります。
花形(Star):高成長率・高シェア
ここは、市場が急速に成長しており、かつ自社が高いシェアを握っている、最も魅力的なポジションです。将来の屋台骨となることが期待される、まさに「花形」です。
しかし、油断は禁物です。成長市場には、必ず多くの競合が参入してきます。現在のシェアを維持、あるいは拡大するためには、積極的な投資(マーケティング、研究開発、設備投資など)を継続する必要があります。ここで投資をためらうと、あっという間に競合に追い抜かれ、「問題児」へと転落してしまいます。キャッシュフローは大きいですが、投資も大きいため、手元に残る資金はまだ多くありません。
金のなる木(Cash Cow):低成長率・高シェア
市場の成長は鈍化しているものの、自社が圧倒的なシェアを握り、安定した地位を築いている事業です。市場が成熟しているため、新規参入の脅威は少なく、大規模な投資も不要です。経験曲線効果も最大限に働き、低いコストで安定的に高い利益を生み出してくれます。まさに「金のなる木」です。
ここでの戦略の基本は、利益の最大化と収穫です。過剰な投資は控え、ここで生み出された潤沢なキャッシュフローを、次に紹介する「花形」や「問題児」といった、未来への投資に振り向けることが、この事業の最も重要な役割となります。
問題児(Problem Child):高成長率・低シェア
市場は急速に成長しており、非常に魅力的ですが、自社のシェアはまだ低い。将来「花形」に大化けする可能性もあれば、競争に敗れて「負け犬」になる可能性も秘めている、まさに「問題児」です。Question Markとも呼ばれます。
ここでの意思決定は、経営者の腕の見せ所です。全ての「問題児」を「花形」に育てることは、資源的に不可能です。選択と集中が求められます。
- 育成戦略: 競合の分析や自社の強みを踏まえ、勝てる見込みのある「問題児」を特定し、集中的に資源を投下して、シェア拡大(花形への移行)を目指します。
- 撤退戦略: 勝算が低いと判断した「問題児」からは、大きな損失を出す前に、早期に見切りをつけて撤退することも、重要な戦略的判断です。
負け犬(Dog):低成長率・低シェア
市場の成長は見込めず、かつ自社のシェアも低い。利益もほとんど出ていないか、赤字の状態。これが「負け犬」です。
多くの経営者が、この「負け犬」事業から撤退する決断を下せずに、問題を先送りしがちです。過去の投資が惜しいというサンクコスト(埋没費用)の罠や、その事業への個人的な愛着が、合理的な判断を曇らせるのです。
しかし、この事業に貴重な経営資源を注ぎ込み続けることは、会社の体力を静かに奪い、未来ある「問題児」への投資機会を奪う行為に他なりません。戦略の基本は、事業の縮小、売却、あるいは早期撤退です。
第33章:事業ポートフォリオで描く、会社の成長シナリオ
PPM分析の真価は、個々の事業を評価するだけでなく、事業ポートフォリオ全体の資金の流れと、成長のシナリオを描くことにあります。
理想のキャッシュフローと成長サイクル
持続的に成長する企業の事業ポートフォリオは、以下のような理想的なサイクルを描きます。
- 収穫: 「金のなる木」が、安定したキャッシュを大量に生み出す。
- 投資: そのキャッシュを、将来性のある「問題児」に選択的に投資する。
- 育成: 投資を受けた「問題児」が、市場シェアを高め、「花形」へと成長する。
- 成熟: 市場の成長が鈍化するにつれて、「花形」が、次の時代の「金のなる木」へと成熟する。
このサイクルを回し続けることで、企業は常に新しい収益の柱を育て、永続的な成長を遂げることができるのです。そして、このサイクルを健全に回すためには、「負け犬」事業から資源を引き揚げ、新しい「問題児」を探すための原資とすることも、忘れてはなりません。
第44章:中小企業がPPM分析を実践する際のヒント
PPMは強力なツールですが、その使い方にはいくつかの注意点があります。特に、リソースの限られた中小企業にとっては、独自の工夫が必要です。
完璧なデータは不要。「仮説」として使う
「市場成長率」や「相対的市場シェア」といったデータを、正確に算出するのは困難な場合があります。しかし、完璧なデータにこだわる必要はありません。公的な統計データ、業界レポート、そして経営者自身の肌感覚といった定性的な情報を組み合わせて、おおよその位置づけを把握する「仮説」としてPPMを使いましょう。重要なのは、精密な分析ではなく、自社の事業を客観的に見つめ直す「議論のたたき台」として活用することです。
事業ではなく「顧客」や「商品」で分析する
事業が一つしかない、という中小企業も多いでしょう。その場合は、PPMの軸を応用して、顧客ポートフォリオや商品ポートフォリオを分析することができます。
- 顧客分析の例:
- 花形: 取引額が大きく、今後も成長が見込める優良顧客。
- 金のなる木: 長年の付き合いで、安定した売上をもたらしてくれる既存顧客。
- 問題児: 取引は始まったばかりだが、将来大きな取引に繋がる可能性のある新規顧客。
- 負け犬: 要求が多く、利益率が低い、付き合うコストの高い顧客。
このように分析することで、どの顧客との関係に、より多くの時間を投資すべきかが見えてきます。
よくある質問
Q: 「相対的市場シェア」は、具体的にどう計算すれば良いですか?
A: 最も一般的な計算方法は、「自社の市場シェア ÷ 市場シェアNo.1企業の市場シェア」です。自社がNo.1の場合は、「自社の市場シェア ÷ No.2企業の市場シェア」となります。この数値が1.0を超えていれば、その市場でリーダー的な地位にあると判断できます。正確なシェアの算出が難しい場合は、「競合A社に比べて、うちはかなり優位だ(シェア高)」「競合B社には、まだ遠く及ばない(シェア低)」といった、定性的な判断でも構いません。
Q: 「負け犬」事業でも、利益が出ている場合は継続しても良いですか?
A: ケースバイケースですが、慎重な判断が必要です。たとえ黒字であっても、その事業に投下している経営資源(特に、優秀な人材や経営者の時間)を、より成長性の高い「問題児」事業に振り向けた方が、会社全体の将来的な利益は遥かに大きくなる可能性があります。これは「機会費用」の観点から考えるべき問題です。「負け犬」事業を継続する、という判断は、他の成長機会を「放棄する」という判断と等しいのです。
Q: この分析結果は、社員に共有すべきでしょうか?
A: 共有の仕方には、細心の注意が必要です。「あなたの部署は負け犬だ」といった直接的な伝え方は、社員のモチベーションを著しく低下させ、組織に混乱を招くだけです。もし共有する場合は、個々の事業の評価というよりも、会社全体の資源配分の「方針」として、ポジティブな言葉で伝えるべきです。「A事業(金のなる木)が生み出してくれた利益を、B事業(問題児)の未来に投資し、会社全体の成長を目指します」といった形で、全社的な戦略としての文脈を共有することが重要です。
Q: PPM分析の限界や、注意すべき点は何ですか?
A: PPM分析の最大の限界は、事業間のシナジー(相乗効果)を考慮していない点です。例えば、ある「負け犬」事業が、それ自体は赤字でも、「花形」事業の顧客を呼び込むための重要な入口となっている、といったケースもあります。PPMの分類だけで機械的に撤退を判断するのではなく、事業間の関連性を深く洞察することが不可欠です。PPMは、あくまで意思決定のための「一つのインプット」であり、最終的な判断を下すのは、経営者自身なのです。
筆者について
記事を読んでくださりありがとうございました!
私はスプレッドシートでホームページを作成できるサービス、SpreadSiteを開発・運営しています!
「時間もお金もかけられない、だけど魅力は伝えたい!」という方にぴったりなツールですので、ホームページでお困りの方がいたら、ぜひご検討ください!
https://spread-site.com