想定読者
- サブスクリプションや月額課金モデルの導入を検討している経営者
- 顧客の支払いに対する心理的なハードルを下げたいマーケティング・営業担当者
- キャッシュレス決済がなぜ消費を促進するのか、その裏側を知りたい方
結論:顧客は「価格」にではなく、お金が財布から「消える感覚」に痛みを感じる
あなたは1万円の洋服を買うとします。
シナリオ1: 財布から福沢諭吉が一枚、ひらひらと店員の手に渡っていく。あなたの財布は物理的に軽くなる。 シナリオ2: プラスチックのカードを端末に差し込む。あるいは、スマートフォンをそっとかざすだけ。
どちらの状況が、より「お金を使った」というズキっとした感覚、すなわち「痛み」を感じるでしょうか。ほとんどの人が前者だと答えるはずです。
この、お金を支払うという行為に伴う心理的な不快感こそが、行動経済学でいう「支払いの痛み(Pain of Paying)」です。
重要なのは、この「痛み」の度合いが支払う金額そのものと必ずしも比例しないという点です。痛みは、その「支払われ方」によって大きくもなれば小さくもなる。そして、顧客は無意識のうちにこの「痛み」が最も小さい選択肢を選ぼうとします。
つまり、賢いビジネスは単に価格の安さを競うのではありません。顧客の「支払いの痛み」をいかに和らげ、心地よい購買体験を設計できるかを競っているのです。
「支払いの痛み」を左右する3つの要素
では、どのような要素がこの「痛み」の強さを左右するのでしょうか。主に3つの要素が挙げられます。
- 支払いの「顕著性」 (Salience of Payment) その支払いがどれだけ「目に見えて、意識されるか」ということです。物理的な現金は、その存在感、手触り、そして財布から消えていくという視覚的なインパクトから、最も痛みが強い支払い方法です。一方で、クレジットカードやタッチ決済は、支払いの行為そのものが抽象化され、お金が減っていく感覚が希薄になるため、痛みは格段に弱まります。
- 支払いと「消費」のタイミング (Timing of Payment vs. Consumption) お金を支払うタイミングと実際にサービスを享受するタイミングがどれだけ離れているかも、痛みの強さに影響します。
- 後払い(クレジットカード、BNPL): 商品を手に入れる「快楽」が先にあり、支払いの「痛み」は忘れた頃にやってくる請求書まで先延ばしにされます。そのため、購買時の痛みはほぼゼロに近くなります。
- 前払い(ギフトカード、旅行代金): 支払いの痛みは最初に一度感じるだけで、実際にサービスを享受する時にはすでに「支払いは済んでいる」という感覚になります。そのため、消費の喜びを純粋に味わうことができます。
- 同時払い(タクシーのメーター): 最も痛みが強いのがこのタイプです。サービスを消費している間、リアルタイムで金額が上がっていくのを見続けることは、顧客に絶え間ない心理的苦痛を与えます。
- 支払いの「頻度」 (Frequency of Payment) どれくらいの頻度で支払いを行うかという点も重要です。
- 都度払い: 利用するたびに毎回支払いが発生するモデルです。その都度、支払いの痛みを感じるため、顧客は利用をためらいがちになります。
- 一括払い(サブスクリプション): 月に一度、あるいは年に一度の支払いで、あとは「使い放題」になるモデルです。支払いの痛みを特定の一日に集約させ、それ以外の日の利用を「無料」であるかのように感じさせることで、顧客の利用を促進します。Netflixを、もし1本観るたびに100円支払うモデルだったら、今ほど気軽に利用されているでしょうか。
「支払いの痛み」を和らげ、顧客を幸せにする価格戦略
これらの心理効果を理解すれば、顧客の「痛み」を和らげ、よりスムーズな購買体験を設計するための様々な戦略が見えてきます。
- キャッシュレス決済を導入する これは、支払いの「顕著性」を下げる最も基本的な方法です。顧客が最も痛みを感じにくい支払い方法を用意しておくことは、もはや必須と言えるでしょう。
- サブスクリプションモデルを検討する 多くの「都度払い」を一度の「一括払い」にまとめることで、顧客の心理的負担を劇的に軽減します。これは、事業側にとっても毎月の収益が安定するという非常に大きなメリットがあります。
- 「あと払い(BNPL)」や「分割払い」を提供する 高額な商品において特に有効です。支払いの痛みを未来へと先延ばしにしたり、分割して小さく見せたりすることで、購入への心理的なハードルを大きく下げることができます。
- トークンやポイントを利用する カジノのチップやゲーム内通貨がその典型です。一度、現実のお金を別の単位(トークン、ポイント)に両替させてしまう。そうすると、顧客はそのトークンを使う際に現実のお金を使っているという感覚が麻痺し、支払いの痛みが大幅に軽減されるのです。
よくある質問
Q: 支払いの痛みを、完全になくしてしまうのは、良いことですか?
A: 必ずしもそうとは限りません。例えば、フィットネスジムの月会費のように、ある程度の「支払いの痛み」が「払った分、元を取らなければ」というサービス利用のモチベーションに繋がるケースもあります。痛みをゼロにすることが、逆にサービスの価値を忘れさせ、結果的に解約に繋がる可能性も考慮すべきです。
Q: BtoBの取引でも、支払いの痛みは関係ありますか?
A: はい、大いに関係します。企業の意思決定者も一人の人間です。例えば、多額の「一括での設備投資(痛みが強い)」よりも、月々の「経費(痛みが弱い)」として計上できるSaaSのサブスクリプションモデルの方が稟議が通りやすいという現実は、まさに支払いの痛みの心理が企業活動にも影響を与えている証拠です。
Q: サブスクリプションの「解約」を防ぐには、どうすれば良いですか?
A: 顧客が「毎月支払う会費の痛み」よりも「このサービスを失う痛み」の方が大きいと感じ続けている状態を作ることがすべてです。サービスが全く使われていないのに、毎月支払いだけが発生している状態は、顧客にとって純粋な「痛み」でしかありません。定期的な利用を促し、サービスの価値を常に感じてもらう努力が不可欠です。
Q: 現金払いを好む顧客もいます。なぜですか?
A: 一部の顧客は、この「支払いの痛み」を意図的に「家計管理のツール」として利用しています。あえて痛みの強い現金で生活することで、無駄遣いを防ぎ、予算を守ろうとする非常に合理的な自己防衛策です。彼らにとって、「痛み」はバグではなく、むしろ便利な「機能」なのです。
筆者について
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