想定読者
- 顧客の満足度とリピート購入の関係について深く理解したい方
- 商品ラインナップやサービスの提供方法に経済学的な視点を取り入れたい事業主
- 行動経済学の基本的な用語を分かりやすく学びたい方
結論:顧客の「満足度」は足し算ではなく、常に「割引」されていく
仕事終わりのキンキンに冷えたビール。
砂漠で飲む最初の一杯の水。
お腹がペコペコの時に食べるほかほかのご飯。
これらの「一口目」がもたらす圧倒的な満足感や幸福感は、何物にも代えがたいものです。
しかし不思議なことに、あれほど美味しかったはずなのに、二杯目、三杯目と続けていくとその感動は少しずつ薄れていきます。そしてついには「もうお腹いっぱいで、これ以上は欲しくない」という状態に達します。
この「何かを得ることで得られる満足度は、その量が増えるにつれてだんだんと小さくなっていく」という私たちの感覚の法則を、経済学では「限界効用逓減(ていげん)の法則」と呼びます。
これは顧客の「満足」を考える上で絶対に無視できない極めて重要な法則です。なぜなら顧客の満足度は単純な足し算では増えていかないということを示しているからです。この法則を理解することで、なぜ顧客が2つ目の商品を買ってくれないのか、なぜビュッフェで人は食べ過ぎてしまうのか、そのすべての謎が解けていきます。
砂漠で飲む一杯目の水
この法則をもっとも直感的に理解できるのが「砂漠で水を飲む」という思考実験です。 あなたが砂漠で喉がカラカラの状態だと想像してください。そこに一杯の水が差し出されます。
- 最初の一杯: まさに「命の水」。この一杯がもたらす満足感(経済学では「効用」と呼びます)は計り知れないほど大きいでしょう。
- 二杯目: まだ喉は渇いており非常に美味しく感じます。しかし命の危機は脱したため最初の一杯ほどの感動はないかもしれません。
- 三杯目: だいぶ喉は潤いました。飲めばまあ美味しい。でももうなくても平気です。
- 十杯目: もうお腹はタプタプです。これを飲むことはもはや「苦痛」でしかありません。 この時一杯目、二杯目、三杯目…と追加の一杯がもたらした追加分の満足感。これを「限界効用(Marginal Utility)」と呼びます。そしてこの「限界効用」が杯を重ねるごとにだんだんと「逓減(ていげん)=減っていく)」していく。これが「限界効用逓減の法則」の本質的な意味なのです。
「限界効用」をビジネスに活かす3つの戦略
この法則を理解すると顧客を飽きさせず満足度を高く維持するための様々な戦略が見えてきます。
- 「セット販売」と「バラエティ」の提供 顧客は同じドーナツを3つ買うことには強い抵抗を感じます。なぜなら2つ目、3つ目のドーナツの「限界効用」が著しく低いことを経験的に知っているからです。しかしもしそれが「味の違うドーナツ3種セット」だったら話は別です。それぞれのドーナツが新しい「一口目」の体験を提供してくれるため高い限界効用を維持できるのです。幕の内弁当や、お菓子のバラエティパックがなぜあれほど魅力的なのか。その答えがここにあります。
- 「時間」というスパイスを加える(サブスクリプション・頒布会) 一度下がった限界効用も十分な「時間」が経てばリセットされ回復します。毎月違う種類のコーヒー豆が届く「コーヒーのサブスクリプション」や、旬の果物が届く「頒布会」は、この原理を巧みに利用したビジネスモデルです。時間を味方につけることで毎月新しい「最初の一杯」の感動を顧客に提供し続けているのです。
- 「合わせ買い(クロスセル)」を促す ハンバーガーを一つ食べた顧客に「もう一つ同じハンバーガーはいかがですか?」と勧めても断られるでしょう。2つ目のハンバーガーの限界効用は低いからです。しかし「ご一緒にポテトとドリンクはいかがですか?」と勧められたらどうでしょうか。ハンバーガーとは「違う種類」の満足感(効用)が得られるため顧客は喜んで追加の注文をするかもしれません。同じものを「もっと」売ろうとするのではなく違う価値を「合わせて」提案することが客単価を上げるための鍵となります。
なぜ「無料」のビュッフェで私たちは食べ過ぎてしまうのか
この限界効用の考え方は「支払いの痛み」と組み合わせるとさらに面白い現象を説明できます。 なぜ私たちは食べ放題のビュッフェでお腹がはちきれそうになるまで食べてしまうのでしょうか。 それはビュッフェにおいては追加のお皿を取るための金銭的な「支払いの痛み」がゼロだからです。私たちはお皿の上の料理から得られる「限界効用(満足度)」がマイナス(=苦しい)になるまで食べ続けてしまいます。もし一皿ごとに料金が発生していたらもっと手前で食べるのをやめているはずです。「支払いの痛み」というブレーキがなくなった時、私たちは自らの満足度の限界点すら見失ってしまうのです。
よくある質問
Q: この法則は、お金にも当てはまりますか?
A: はい。そしてそれは非常に重要な示唆を与えてくれます。「お金の限界効用」もまた逓減するのです。例えば年収300万円の人にとっての「追加の1万円」は、生活を大きく助ける非常に満足度の高い(限界効用の高い)ものです。しかし年収10億円の人にとっての「追加の1万円」はほとんど気づかないほどのごく僅かな満足しかもたらさないかもしれません。
Q: 限界効用が、逆に増えること(逓増する)はありますか?
A: 極めて稀ですが存在します。代表的な例がコレクターズアイテムです。切手やトレーディングカードのコレクションで、コンプリートするために必要な「最後の一個」は、それまでに集めたどの一個よりもはるかに大きな満足(限界効用)をもたらすことがあります。しかしほとんどの消費財においては逓減の法則が強力に働きます。
Q: 顧客が、2つ目の商品を買ってくれません。どうすれば?
A: まさに限界効用逓減の法則が働いている証拠です。その顧客に全く同じ商品をもう一度売ろうとするのは得策ではありません。考えるべきはその商品と「一緒に使うと、もっと便利になる」補完的な商品(クロスセル)を提案できないか、あるいはその商品の「少しだけ、グレードアップした」上位商品を提案できないか(アップセル)ということです。顧客に新しい「効用」を提示する必要があるのです。
Q: サービスの「質」にも、限界効用は働きますか?
A: もちろんです。例えば顧客からの問い合わせに迅速かつ的確に回答することは非常に高い満足度(効用)を生みます。しかし問題が解決した後も安心させるためと称して何度も何度も丁寧すぎるほどのフォローアップの電話やメールを送ったらどうでしょうか。その「過剰なサービス」は顧客にとってありがたいどころか、むしろ「迷惑」となり満足度を下げてしまう(限界効用がマイナスになる)可能性すらあるのです。
筆者について
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