想定読者
- 商品の値付けで売上を最大化したいと考えている小売業やECサイトの運営者
- 価格表示一つで顧客の印象をコントロールしたいマーケティング担当者
- 日常にあふれる価格の裏側にある心理学を知りたい方
結論:私たちは価格を「左から右」に読む。最初の数字が印象を支配する
スーパーの値札、家電量販店のポップ、レストランのメニュー。私たちの周りには「1,980円」や「999円」といったキリの悪い「端数価格」であふれています。
なぜ企業は「2,000円」や「1,000円」といったきりの良い価格をつけたがらないのでしょうか。それは、人間が価格を左の桁の数字から順番に認識し、その最初の数字によって価格全体の印象を無意識のうちに決定してしまっているからです。
私たちの脳は「980円」と「1,000円」の差をわずか「20円」だとはなかなか認識してくれません。その代わりに、「980円」は「900円台」というカテゴリーに、「1,000円」は「1,000円台」という一つ上のカテゴリーに分類してしまうのです。その結果、両者の間には実際の価格差以上に大きな「安い・高い」の感覚的な壁が生まれてしまいます。
この、左端の数字に強く影響を受けてしまう心理効果(左端効果:Left-Digit Effect)こそが、端数価格が持つ不思議な力の源泉なのです。
「980円」が「1000円」よりずっと安く感じる3つの心理効果
では、なぜこの「左端効果」はこれほどまでに私たちの判断を強力に支配するのでしょうか。それには、いくつかの心理的なメカニズムが複合的に働いていると考えられています。
- 左端効果(Left-Digit Effect) これが最も主要な効果です。前述の通り、私たちは数字を読む時、そのすべての桁を均等に評価しているわけではありません。特に、馴染みのない商品や深く考える気のない状況では、左端の数字だけをざっと見て、その価格の「大きさ」を瞬時に判断してしまいます。980円は「9で始まる数字」、1,000円は「1で始まる、一つ桁の多い数字」。この直感的な印象の差が、購買の意思決定に大きな影響を与えます。
- 「お釣り」によるお得感の増幅 これは現金での支払いが主流だった時代により強く働いていた効果です。例えば、1,000円札で980円の商品を買うと20円のお釣りが返ってきます。この「お釣りをもらう」という行為が、「何かを少しだけ得した」というささやかな快感を生み出し、その買い物が「お得」であったという感覚を強化してくれるのです。キャッシュレス時代においてはその効果は薄れていますが、私たちの心理の根底には今もこの感覚が残っていると言われています。
- 「ちょうど」ではない価格への信頼感 「1,000円ポッキリ」といったきりの良い価格は、時に売り手が「どんぶり勘定で適当に決めた」という根拠のない印象を与えてしまうことがあります。一方で、「980円」といった細かく、少し「汚い」数字は、あたかもコストや利益を緻密に計算した上で最終的に決定された公正で正直な価格であるかのような無意識の信頼感を顧客に与えることがあるのです。
「端数価格」戦略の賢い使い方と注意点
この強力な心理効果ですが、使い方を間違えると逆効果になることもあります。
最も効果を発揮するのは、顧客が価格に敏感で、比較的素早い意思決定を行う日用品やアパレル、家電といった市場です。これらの市場では、端数価格は「お得感」や「セール品」の強力なシグナルとして機能します。
一方で、高級ブランド品や専門的なサービスといった品質や権威性が重視される市場では、端数価格はむしろブランドイメージを「安っぽく」見せてしまう危険性があります。例えば、高級腕時計が「498,000円」で売られていたら、どこか安物の通販商品のような胡散臭さを感じてしまわないでしょうか。このような商品には、「500,000円」という堂々としたきりの良い価格の方が、その品質への自信と揺るぎない価値を雄弁に物語るのです。
よくある質問
Q: 末尾の数字は「9」と「8」のどちらが良いのでしょうか?
A: 日本においては、「9」だけでなく「8」で終わる価格(例:980円、1980円)も非常に多く使われます。これには、「8」が漢数字の「八」として「末広がり」を意味し、縁起が良いとされる文化的な背景も影響していると言われています。心理的な効果としては、「9」も「8」もきりの良い大台の数字をわずかに下回ることで「安い」という印象を与えるという点で、本質的な違いはほとんどないと考えて良いでしょう。
Q: BtoBの価格設定でも、端数価格は有効ですか?
A: 一般的には効果は薄いとされています。BtoBの購買は、ROI(投資対効果)の計算など、より合理的な判断が求められるためです。計算がしにくい端数価格よりも、きりの良い価格の方が好まれる傾向があります。しかし、対象が個人事業主や小規模な企業の場合、経営者個人の心理的な感覚が購買に影響を与えることもあり、一概に無効であるとは言えません。
Q: すべての商品を、端数価格にすべきですか?
A: いいえ、それはあなたのブランドが顧客に何を伝えたいかによります。端数価格は「お得感」「お買い得品」というメッセージを強力に発信します。もしあなたのブランドが、それとは異なる「高級感」「専門性」「揺るぎない品質」といったメッセージを伝えたいのであれば、むしろきりの良い堂々とした価格(ラウンドプライス)を選ぶべきです。
Q: この効果は、いつまでも続くのでしょうか?
A: 私たちがこの戦略の存在を頭では「知っている」にも関わらず、これだけ世の中に端数価格が溢れているという事実。それこそが、この心理効果がいかに根深く強力であるかの何よりの証拠です。私たちは自分が思っている以上に、直感で不合理な判断を下す生き物なのです。この効果は今後も長く使われ続けるでしょう。
筆者について
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