想定読者

  • 営業や交渉の場で相手から「イエス」を引き出す具体的なテクニックを学びたい方
  • 顧客を自然な形でより深い関係性へと導きたいマーケターや事業主
  • 自分がなぜつい頼み事を引き受けてしまうのか、その心理的なメカニズムを知りたい方

結論:私たちは矛盾した人間だと思われることを極度に恐れている

あなたは友人からこう頼まれたとします。 「ごめん、今度の土曜日、引越しの手伝いを少しだけお願いできないかな?」

「まあ、少しだけなら…」とあなたは承諾します。

すると数日後、その友人から再び連絡が来ます。 「本当にありがとう!実はトラックの運転もお願いしたくて…。あと荷造りもまだ全然終わってなくて…」

最初の約束とは全く違う大きな要求。理不尽だと思いながらも、なぜか多くの人はこの追加の要求を断ることができず、結局一日中引越しを手伝う羽目になってしまいます。

なぜこんなことが起きてしまうのでしょうか。それは私たちの心の中に「一度決めたことや表明した態度は最後まで貫き通したい」という抗いがたい強い欲求が存在するからです。これを社会心理学では「一貫性の原理(Principle of Consistency)」と呼びます。

私たちは自分の言動がコロコロと変わる、矛盾した信頼できない人間であると他人から(そして自分自身からも)思われることを極度に恐れる生き物なのです。この自己矛盾を避けようとする強力な心理的な力が、時に私たちを不合理な望まない選択へと導いてしまうのです。

小さな「イエス」があなたを縛る

この「一貫性の原理」を巧みに利用した最も有名で古典的な承諾誘導のテクニックが「フット・イン・ザ・ドア・テクニック」です。

これは最初に相手がまず間違いなく承諾するであろう「小さな要求(スモール・イエス)」を提示し、一度コミットメント(関与)を得る。そしてその後に本来の目的であった「大きな要求(ラージ・イエス)」を提示するという二段階の交渉術です。

このテクニックの効果を実証した有名な実験があります。

ある研究者が一般家庭を訪問し、「安全運転を推進するために、この巨大で見栄えの悪い『安全運転』の看板をお庭に設置させてください」と依頼しました。当然ほとんどの家庭がこの突拍子もない要求を拒否しました。(承諾率はわずか17%)

しかし別のグループに対しては、研究者は二段階のアプローチを取りました。

まず最初に「安全運転をサポートするこの小さなステッカーを窓に貼らせてもらえませんか?」と非常にささやかなお願いをしました。このほとんど負担のない要求はほぼ全員が快く承諾しました。

そして2週間後。研究者は同じ家庭を再び訪問し、例の巨大で見栄えの悪い看板の設置を依頼したのです。

結果は驚くべきものでした。今回は実に76%もの家庭がその大きな要求を受け入れたのです。

なぜか。彼らは最初の小さな要求を受け入れた時点で「私は地域の安全運転をサポートする良き市民である」という自己イメージを無意識のうちに形成してしまっています。その後に大きな要求を断ることは、その自ら作り上げた自己イメージと矛盾する行為となります。その認知的な不協和を避けるために、彼らは一貫した態度を取り続けようと、より大きな要求にもイエスと答えてしまうのです。

「一貫性の原理」をビジネスで活用する

この強力な原理はビジネスのあらゆる場面で応用することが可能です。

  1. フット・イン・ザ・ドア・テクニック まさに前述の通りです。いきなり高額な商品を売りつけようとしてはいけません。まずは「無料サンプルのご試用」や「メールマガジンへのご登録」「アンケートへのご協力」といった、顧客にとってハードルの低い小さな「イエス」を積み重ねていく。その一つ一つの小さなコミットメントが、将来の大きな購買へと繋がる布石となるのです。
  1. 「コミットメント」を文章で、あるいは公に表明させる コミットメントはそれが能動的で公的で文章化されているほど強力になります。例えば顧客に商品へのポジティブな「レビュー」を書いてもらう。一度自らの名前で公にその商品を支持すると表明した顧客は、その後のブランドへの忠誠度が飛躍的に高まります。自らのパブリックな発言と矛盾した行動を取りたくないからです。
  1. ローボール・テクニック これはより高度で使い方に注意が必要なテクニックです。まず非常に魅力的な好条件を提示し、相手から購入の「コミットメント(意思決定)」を引き出します。そして契約の直前の段階になってから「申し訳ありません、計算が間違っておりました」などと理由をつけ、少しだけ条件を悪くするのです。顧客はすでに心の中で「買う」と一度決めてしまっているため、その一貫性を保とうとして多少条件が悪くなってもその決定を覆すことが難しくなってしまうのです。(ただしこれは顧客を騙す行為に繋がりやすく、倫理的に慎重な運用が求められます)

よくある質問

Q: この原理は常に働きますか?

A: 最も強力に働くのは、最初のコミットメントが**「強制的でなく自発的」**に行われたと感じられる時です。もし最初の「イエス」が無理やり言わされたものだと感じていれば、その後の行動を一貫させようとする内的な圧力は働きにくくなります。

Q: 悪用される危険性も高いように感じます。

A: はい。これは最も強力で時に人を操作するためにも使われうる心理テクニックの一つです。悪意のあるセールスパーソンはこの原理を悪用し、顧客を望まない契約に追い込むことがあります。消費者としての最善の自己防衛はこの原理の存在を知っておくこと。そして「もし今のこの情報を最初に知っていたとしても、自分は最初の小さなイエスを言っただろうか?」と常に自問自答することです。最初の判断が間違いであったなら、一貫性を保たずに決断を覆すことは決して恥ずかしいことではありません。

Q: 顧客ロイヤルティを高めるのにどう使えますか?

A: 顧客に小さな「コミットメント」をお願いしてみましょう。例えば簡単なアンケートへの協力、コミュニティフォーラムへの投稿、あるいは商品を使っている写真の投稿キャンペーンへの応募などです。その一つ一つの小さな「参加」というコミットメントが、顧客の「私はこのブランドの一員である」という自己認識を強め、将来にわたってあなたを支持してくれる強力な動機となるのです。

Q: 自分自身の目標達成にも使えますか?

A: もちろんです。これこそがこの原理の最も健全で強力な使い方の一つです。もしあなたが運動を習慣にしたいなら「毎日1時間ジムに通う」という大きな目標を立ててはいけません。まずは「毎朝起きたらランニングウェアに着替える」という絶対に守れる小さなコミットメントを立てるのです。一度ウェアに着替えてしまえば「せっかく着替えたのだから…」という一貫性の原理が働き、あなたを玄関の外へと押し出してくれるでしょう。

筆者について

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