想定読者
- WebサイトやアプリのUXデザインを改善したい方
- 顧客に、自社が推奨するプランや商品をより多く選んでもらいたいマーケター
- 人々の行動を、より良い方向へそっと後押しする「ナッジ」の理論を学びたい方
結論:最も強力な選択肢は「何もしない」という選択肢である
あなたは、新しいスマートフォンやソフトウェアを使い始める時、無数にある「設定」の項目を一つ一つ丁寧に確認しているでしょうか。あるいは、多くの項目を「初期設定(デフォルト)」のまま使い始めてはいないでしょうか。
もし後者であるなら、あなたは極めて「人間らしい」意思決定をしています。
行動経済学における「デフォルト効果」とは、人間が選択肢を前にした時、特に理由がなければあらかじめ設定されている「デフォルト(初期設定)」の選択肢をそのまま受け入れてしまうという、非常に強力な心理的な傾向を指します。
これは、私たちが単に「面倒くさがり」であるという話ではありません。私たちの脳は、常にエネルギーを節約するようにできており、「わざわざ何かを変える」という行為には多大な精神的コストがかかります。そのため、「何もしない(デフォルトを受け入れる)」という選択肢が、無意識のうちに最も魅力的で安全な選択肢に感じられてしまうのです。
この効果を理解することは、ビジネスや社会のデザインにおいて極めて重要です。なぜなら、それは「デフォルトを設定する権限を持つ者」が、人々の行動を望ましい方向へ、そっと、しかし絶大な力で導くことができるということを意味するからです。
あなたは、臓器提供を「する」か、「しない」か
このデフォルト効果の恐るべき影響力を最も劇的に示したのが、国ごとの「臓器提供の意思表示率」の違いです。
- オプトイン方式の国々(ドイツなど): デフォルト(初期設定)が、「臓器提供をしない」になっている国々です。提供者になるためには、自ら積極的に「提供します」という意思表示(チェックを入れるなど)を行う必要があります。これらの国々では、臓器提供の同意率は12%程度と非常に低い水準に留まっています。
- オプトアウト方式の国々(オーストリアなど): デフォルトが、「臓器提供をする」になっている国々です。提供したくない人だけが、自ら積極的に「提供しません」という意思表示を行う必要があります。これらの国々では、同意率は実に99%にも達します。
この天と地ほどの差は、国民性の違いによるものでしょうか。いいえ、違います。これは、ただ「何もしなかった」場合にどうなるかという、デフォルトの設定が違うだけなのです。臓器提供という、これほどまでに倫理的で重い決断でさえも、私たちの多くはただデフォルトの選択肢に身を委ねてしまっているのです。
なぜ、私たちは「初期設定」に、これほど影響されるのか
この抗いがたい力の源泉は、私たちの脳に深く根ざした、いくつかの基本的な性質にあります。
- 現状維持バイアス (Status Quo Bias) 私たちは変化を嫌い、物事が今のままであることを好む傾向があります。変化には常に未知のリスクや失敗の可能性が伴います。デフォルトの選択肢に留まることは、この「変化」という心理的な苦痛を避けるための最も簡単な方法なのです。
- 認知的な負荷の回避 選択肢を比較検討し、それぞれの長所と短所を評価し、最適なものを選ぶという行為は、私たちの脳にとって非常にエネルギーを消費する重労働です。特に、その選択が複雑であったり、自分にとってそれほど重要でないと感じられたりした場合、私たちの脳は「考える」という労働を放棄し、デフォルトという最も楽な道を選んでしまうのです。
- 暗黙の推奨 私たちは、デフォルトの選択肢を単なる「初期設定」だとは考えていません。無意識のうちに、「これは、このシステムの設計者が最も推奨する、安全で一般的な選択肢なのだろう」と解釈してしまうのです。専門家からの「暗黙のお墨付き」が、私たちをその選択へと優しく誘導します。
「デフォルト効果」を、ビジネスにどう活かすか
この心理効果を理解すれば、顧客の意思決定をよりスムーズに、そして自社にとって望ましい方向へと導くことが可能になります。
- 推奨プランを「デフォルト」にする 「松竹梅」のような複数の料金プランを提示する際、あなたが最も売りたい「竹」プランをあらかじめ「選択済み」の状態にしたり、「一番人気」といったバッジをつけたりしておく。たったこれだけの工夫で、そのプランの選択率は劇的に向上します。
- 「同意」をデフォルトにする(オプトアウト方式) メールマガジンの登録などを促す際、「□ メールマガジンを受け取る」というチェックボックスをあらかじめチェック済みの状態にしておく。これは、顧客が自ら能動的にチェックを「外す」という行動を取らない限り、登録が完了するという仕組みです。これにより、登録率は格段に高まります。(ただし、個人情報の取り扱いなど、法的な規制には十分な注意が必要です)
- 定期購入や自動更新をデフォルトにする サブスクリプションサービスにおいて、「自動更新」をデフォルトに設定しておく。これも強力なデフォルト効果の応用です。顧客は、自ら能動的に「解約する」という少し面倒な手続きを踏まない限り、サービスを継続することになります。多くの顧客は、この「現状維持」の心地よさに身を委ねるのです。
よくある質問
Q: デフォルト効果は、常に良い結果をもたらしますか?
A: いいえ。もし、デフォルトの選択肢が明らかに顧客にとって不利益なものであった場合、それは顧客の信頼を大きく損なう結果に繋がります。デフォルトは、あくまで大多数の顧客にとっても、そしてビジネスにとっても、双方に利益のある「Win-Win」の選択肢であるべきです。
Q: 顧客に、ちゃんと考えて、能動的に選んでほしい場合は、どうすれば?
A: そのような場合には、意図的に**「デフォルトを設定しない」**というアプローチを取ります。これを「強制選択(Forced Choice)」と呼びます。例えば、重要なプライバシー設定などで、「同意する」「同意しない」のどちらかをクリックしないと先に進めないようにする。これにより、顧客はその選択の意味を意識せざるを得なくなります。
Q: この手法は、倫理的に問題がありますか?
A: 行動経済学の応用において、最も倫理的な議論を呼ぶテーマの一つです。その影響力が、あまりに強力であるためです。人々の貯蓄率を上げる(良いナッジ)ために使われることもあれば、不必要なサービスを契約させる(悪いスラッジ)ために悪用されることもあります。その倫理的な是非は、最終的にその意図と顧客にもたらされる結果によって判断されるべきです。
Q: 選択肢が多すぎると、デフォルト効果は、より強くなりますか?
A: はい、その通りです。「選択のパラドックス(選択肢が多すぎると、逆に選べなくなる現象)」と「デフォルト効果」は密接に関係しています。選択肢が複雑で多ければ多いほど、私たちの脳の「認知的な負荷」は増大します。その結果、「もう考えるのはやめて、デフォルトでいいや」という思考停止に陥りやすくなるのです。
筆者について
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