想定読者
- 新しいツールの導入や業務プロセスの変更になぜか抵抗を感じてしまう方
- 顧客が、競合の優れた商品ではなく、自社の「使い慣れた」商品をなぜか選び続けてくれる理由を知りたいマーケター
- 自分自身や組織の「変われない」体質を根本から理解し、変革したいリーダー
結論:私たちの脳は、変化を「損失」として自動的に処理してしまう
あなたは、行きつけのカフェでいつも同じ席に座ってはいませんか? 会社の会議で、無意識に前回と同じ席を選んではいませんか? もっと効率的なやり方があると知っていても、長年使い慣れた古いやり方を続けてはいないでしょうか?
これらの行動は、あなたが特別に保守的な人間だからというわけではありません。それは、人間が生まれながらにして持っている極めて強力な心理的なクセ、「現状維持バイアス(Status Quo Bias)」の仕業なのです。
これは、たとえ現状よりも客観的に見てより良い選択肢があったとしても、私たちは未知の変化を選ぶことによって現状を「失う」ことを恐れ、無意識のうちに「今のまま」を選び続けてしまうという根深い心理バイアスを指します。
私たちの脳は、本能的に変化を「リスク」であり、「コスト」であり、そして何よりも「損失」であると自動的に処理してしまいます。この変化に対する強力な「心理的なブレーキ」の存在を理解すること。それが、自分自身や組織の停滞を打破するための第一歩となるのです。
なぜ「変化」は、これほどまでに「苦痛」なのか
私たちがこれほどまでに現状維持を好むのには、いくつかの強力な心理的なメカニズムが働いています。
- 損失回避(Loss Aversion) これが最も強力な根本原因です。以前の記事でも触れた通り、私たちの心は「何かを得る喜び」よりも「何かを失う苦痛」を2倍以上も強く感じます。「現状を変える」という決断は、たとえその先に大きな利益が期待できたとしても、まずは「慣れ親しんだ現在の安定を失う」という損失の側面を私たちの脳に強烈に意識させます。この「失うかもしれない」という強烈な恐怖が、私たちを現状に縛り付けるのです。
- 認知的な負荷(Cognitive Load) 「今のまま」でいることは楽です。何も考える必要がありません。しかし、「何かを変える」ためには、新しい選択肢を調べ、比較検討し、その使い方を学び、慣れるという多大な「精神的なエネルギー」を消費する必要があります。私たちの脳は、本能的にこのエネルギー消費を嫌います。特に、その変化が重要でないと感じられるほど、脳は思考を放棄し、「今のまま」という最も省エネな選択肢に飛びつくのです。
- 後悔の回避(Regret Aversion) もし、あなたが自ら変化を選び、その結果失敗したとしたら、「ああ、変えなければよかった…」という強烈な「後悔」の念に苛まれるでしょう。一方で、あなたが何もしなかった結果、状況が悪化したとしても、「まあ、仕方ないか」と後悔の度合いは比較的に小さくて済みます。私たちは無意識のうちに、この「後悔するかもしれない」という未来の感情的な苦痛を避けようとするのです。
現状維持バイアスを、ビジネスでどう利用し、どう打ち破るか
この強力なバイアスは、ビジネスの現場において自社を守る「盾」にもなれば、競合を打ち破る「矛」にもなり得ます。
顧客の「現状維持バイアス」を利用する(守りの戦略)
- スイッチングコストを高める 顧客があなたのサービスから競合のサービスに乗り換える際の、金銭的・時間的・心理的な「負担」を意図的に大きく設計します。独自のポイントプログラム、顧客データとの深い連携、あるいは担当者との人間的な信頼関係。これらすべてが、顧客にとっての「現状」を心地よく離れがたいものにし、他社への乗り換えを億劫にさせます。
- 「使い慣れた安心感」を強調する 歴史のあるブランドであれば、「長年の信頼と実績」を積極的にアピールすべきです。新しいよく分からないサービスよりも、「昔から知っているあの会社なら安心だ」という感覚は、顧客を現状維持へと強く引き止めます。
顧客の「現状維持バイアス」を打ち破る(攻めの戦略)
- 変化の「痛み」を極限まで下げる 競合から顧客を奪いたいのであれば、乗り換えに伴うあらゆる「痛み」を徹底的に取り除いてあげる必要があります。「無料お試し期間」や「全額返金保証」で金銭的なリスクをゼロにする。「データ移行の無料代行サービス」で時間的な手間をなくす。「手厚い導入サポート」で心理的な不安を解消する。これらの努力が、変化への高い壁を低くします。
- 現状の「損失」を強烈に意識させる あなたのサービスの「利点」をアピールするだけでは不十分です。それよりも、「あなたのその古いやり方のせいで、毎日これだけの時間とお金を失っていますよ」と、顧客が現在被っている「損失」を具体的で衝撃的な形で提示するのです。現状そのものが「苦痛」であると認識させられれば、人は喜んで変化を選ぶでしょう。
よくある質問
Q: 「デフォルト効果」と「現状維持バイアス」は、何が違うのですか?
A: 両者は非常に密接に関係しています。「現状維持バイアス」が「今の状態を好む」というより広範な心理的な傾向を指すのに対し、「デフォルト効果」は、選択肢があらかじめ「初期設定」として提示されている場合に特に強く働く現状維持バイアスの一種と考えることができます。デフォルトに従うことは、現状を維持するための最も簡単な方法なのです。
Q: 組織の「変われない体質」を、どうすれば変えられますか?
A: まず、リーダーが「現状維持がいかに危険であるか」という危機感を組織全体で共有することが不可欠です。「このままでは我々は市場から取り残される」という現状への「痛み」を明確に言語化するのです。その上で、目指すべき新しい方向性(ビジョン)を示し、変化に伴う従業員の負担を軽減するための手厚いサポート(研修など)を約束することが重要です。
Q: 自分自身の現状維持バイアスを、どうすれば克服できますか?
A: 意識的に小さな「変化」を日常に取り入れることから始めてみましょう。いつものカフェで違うドリンクを頼んでみる。いつもと違う道で通勤してみる。この小さな「現状破壊」の訓練が、変化への心理的な抵抗を和らげてくれます。また、大きな決断をする際には、「もし現状維持を選んだとして、1年後最悪の事態になっているとしたら、それはなぜだろうか?」と自問自答する「プレモルテム」という思考法も有効です。
Q: このバイアスは、常に悪いものなのでしょうか?
A: いいえ。これは私たちが無駄なエネルギーを使わず、安定した生活を送るための重要な生存本能です。もしこのバイアスがなければ、私たちは毎朝どの歯磨き粉を使うべきか、どの道で会社に行くべきかといった無数の些細な選択に悩み続け、疲れ果ててしまうでしょう。問題となるのは、このバイアスが明らかに、より良い重要な変化を妨げてしまう時だけなのです。
筆者について
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