想定読者
- 高級品やラグジュアリーブランドのマーケティング戦略に興味がある方
- 自社の商品に「価格以上の付加価値」をどのようにして生み出すか悩んでいる経営者
- 人間の自己顕示欲や社会的地位への欲求と消費行動の関係を知りたい方
結論:ヴェブレン財にとって価格は「コスト」ではなく「価値」そのものである
経済学の最も基本的な法則。それは「需要と供給の法則」です。価格が上がれば需要は減る。価格が下がれば需要は増える。私たちのほとんどの購買活動は、このシンプルな原則に従っています。
しかし世の中にはこの経済学の大原則が全く通用しない不思議な世界が存在します。
一台数千万円もする高級腕時計。限定生産のスーパーカー。あるいは有名ブランドの高価なハンドバッグ。これらの商品においては「価格が高ければ高いほどかえって需要が増す」という常識とは真逆の現象が起こり得るのです。
この「価格の上昇が需要を減少させるどころか、むしろ増大させる」という特殊な効果こそが、経済学者ソースティン・ヴェブレンの名に由来する「ヴェブレン効果」です。
ヴェブレン効果が働く商品(ヴェブレン財)にとって価格はもはや購入の際の「障害(コスト)」ではありません。その「高さ」そのものが商品の価値を構成する最も重要な「機能」なのです。人々はその商品をその機能性のために買うのではありません。彼らは「これほど高価なものを所有できる自分」という社会的地位を誇示するために、その価格を支払っているのです。
「スノッブ効果」と「ヴェブレン効果」の微妙な違い
このヴェブレン効果は以前に解説した「スノッブ効果」と非常によく似ています。どちらも「他人とは違う」という差別化の欲求に根差しているからです。しかしその中核にある動機が微妙に異なります。
スノッブ効果:
- 動機:「希少性」「独自性」への欲求
- 心理:「他人とは違うユニークなものが欲しい」
- 例:一点物のアート作品、誰とも被らないニッチなブランド
ヴェブレン効果:
- 動機:「富」「社会的地位」の誇示(顕示)への欲求
- 心理:「他人には簡単に手に入れられないものが欲しい」
- 例:誰もが知っている高級ブランドの高価な商品
スノッブ効果が内面的な「審美眼」や「独自性」の証明に向けられるのに対し、ヴェブレン効果はより外面的な「富」や「成功」の分かりやすいシグナルとして機能します。もちろん多くの高級品は、この両方の効果を巧みに利用しています。
ヴェブレン効果を成立させるための条件
ではどのような商品が「ヴェブレン財」となり得るのでしょうか。ただ価格を高く設定すれば良いという単純な話ではありません。そこにはいくつかの絶対的な条件が存在します
- 高価格の維持と安易な値引きの禁止 ヴェブレン効果の生命線はその「高さ」にあります。もしそのブランドが頻繁にセールを行ったり、アウトレットで安売りをしたりすれば、その希少性とステータス性は一瞬で失われます。価格は常にブランドの価値を雄弁に物語る一貫したメッセージでなければなりません。
- 誰の目にもそれが「高価である」と分かること 「見せびらかしの消費」である以上、その価値が他人に伝わらなければ意味がありません。特徴的なロゴ、一目で分かるデザイン、ブランドを象徴するシグネチャーパターン。これらはすべて所有者がわざわざ「これは〇〇ブランドの高価なバッグです」と説明しなくても、周囲が瞬時にその価値を認識できるようにするための重要な「記号」なのです。
- 圧倒的な品質とストーリー 価格だけが高く品質が伴っていなければ、それはただの「ぼったくり」です。その非日常的な価格を正当化するための最高級の素材、卓越した職人技、そしてそのブランドの歴史や哲学を物語る感動的な「ストーリー」が不可欠です。圧倒的な品質と物語こそが、価格によって作られた「神話」を現実世界で支える土台となるのです。
よくある質問
Q: どんな商品でも価格を上げればヴェブレン効果は起きますか?
A: いいえ、決して起きません。世の中の99.9%の商品は価格を上げれば需要が減るという通常の経済法則に従います。日常品であるTシャツの価格を10万円に設定しても、それは誰にも買われないだけです。この戦略は商品そのものが本物の「ラグジュアリー」としての文脈や品質を持つ場合にのみ成立する特殊なケースです。
Q: 投資商品(株や不動産)の価格が上がると人気が出るのもヴェブレン効果ですか?
A: それは似ているようで異なる心理現象です。資産価格の上昇局面で人々が買いに走るのは「この価格はまだまだ上がり続けるだろう」という「期待(投機)」や「この波に乗り遅れたくない」という「焦り(FOMO)」が主な動機です。ヴェブレン効果の根底にある「社会的地位の誇示」とは少し異なります。
Q: この効果はインターネットの普及で何か変化しましたか?
A: はい。Instagramに代表されるSNSの登場はヴェブレン効果をむしろ加速させました。SNSは「見せびらかしの消費」を世界中の不特定多数に向けて発表できる史上最大の「舞台」となったからです。現代はヴェブレンがこの理論を提唱した19世紀末よりも、ある意味でヴェブレン効果がより強力に作用する時代と言えるかもしれません。
Q: 中小企業がこの効果を応用することは可能ですか?
A: 極めて困難ですが不可能ではありません。それは非常にニッチな市場で圧倒的な世界一の品質と強力なブランドストーリーを構築できた場合に限られます。例えばある特定の分野で「あの職人にしか作れない」と世界中の愛好家から認知された工芸品などです。そのためには何よりもまず価格ではなく、品質と専門性への長期的な狂気にも似たこだわりが不可欠です。
筆者について
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